A:三人ランデブー①
激闘を終えたレンとアシュタルは、陽が高くなっても、泥のように眠っていた。
森林の切れ間のような池のほとりに敷いたレジャーシートの上だった。ちなみに、左からアシュタル、シーナ、レンの順番で並んだ雑魚寝である。
シーナは気をきかせて寝ずの番をしようと思っていたのだが、やはり、睡魔には勝てなかった。
めったに夢を見ないシーナだが、疲れているせいか珍しく夢を見た。
レンはシーナの幼馴染でクラスメイト、アシュタルは帰国子女のクラスメイトという設定だった。まるで、ドロドロの恋愛アニメのようだと思ったら、案の定、三人は三角関係になってしまうのだ。
シーナとレンは相思相愛で付き合っていたのだが、最近はケンカばかりでうまくいっていない。相手のことを想っているのに、すれ違ってばかり。まるで、その隙間を狙ったかのように、アシュタルがレンに告白して、略奪愛を試みるのである。
しかし、堅物のレンはなびかない。自分にはシーナしかいないと考えているからだ。そのためアシュタルの求愛は拒絶するのだが、そんな時に、思いがけないトラブルが発生した。アシュタルと二人きりで体育倉庫に閉じ込められたのだ。
しかも、レンは脅え切ったアシュタルを目の当たりにして、彼女の中に潜んでいた乙女の部分に心がときめいてしまう。
いわゆる、ギャップ萌えである。レンは次第にアシュタルに魅かれていき、三日三晩、悩みぬいた末、ついにシーナに別れを告げる。
シーナは泣いた。怒りとショック、悔しさが入り混じって、何が何だかわからない衝動に突き動かされ、幼子のように泣きじゃくった。
シーナは目を覚ました時、実際に涙を流していたことに気づいた。いくら夢であっても、レンの裏切られての失恋は悲しすぎた。
おそらく、レンとアシュタルの戦いを間近で見ていたことが影響して、こういう夢を見たのだろう。
シーナは自問自答をする。
実際に、レンとアシュタルがそういう密接な関係になったら、自分はどう思うのだろう。
やはり、アシュタルに嫉妬をしてしまったり、レンを奪われたと感じたりするかもしれない。
これまで対立することが多かったレンとアシュタルが、昨晩の共同戦線をきっかけに仲良くなって、三人で旅を続けることができれば素敵だな、と思う。
でも、仲良くなりすぎるのは困りもの。そうなったら、やっぱり嫉妬してしまうだろう。
これまで恋愛関係とは無縁だったこともあり、シーナは頭を抱えるばかりである。
幸か不幸か、実際には、シーナの心配した通りにはならなかった。
三人で朝昼兼用の食事をとり、腹がふくれてくると、
「レンは、いつもワンテンポ遅れる。何度かやばかったぞ」と、アシュタルが言い出し、
「アシュタルが速すぎるんだ。こっちに呼吸を合わせろよ」と、レンが怒って言い返す。
二人は昨晩の戦い方について言い争い、シーナをハラハラさせた。「喧嘩をするのは仲がよい証拠」と言うが、二人の場合は単に相性がよくないのかも、とシーナは思うのだった。
出発の時がきた。
レンとシーナは昨晩走った道を逆に辿り、昨日、乗り捨てたSUVのところまで歩いて戻った。同じ距離でも明るくなると長く感じるから不思議である。シーナは疲れた体に鞭打って、頑張って歩いた。
ちなみに、アシュタルは身体を小さくなって、シーナの頭の上で居眠りをしている。昨晩の活躍で魔力を使い果たしたらしく、巨大化はおろか、当分は魔物の能力を使えないらしい。
予定の遅れを取り戻す必要がある。レンは早速SUVの整備にとりかかった。内部にとりついた怨霊は跡形もなかったが、なぜか、いくら調整を行ってもエンジンはかからない。どうやら、電気系統の複雑な故障らしく、レンにとっては手ごわそうだった。
シーナが心配そうに作業を見守っていたが、結局、レンの技術では修復できなかった。
レンは即座に判断する。〈境界守〉本部に無線で救援を要請すると、直ちに荷造りにとりかかった。
「あれっ、レンくん、ここで本部の救援を待つんじゃないの?」と、シーナ。
「こんなヤバいところで、のんびり待ってはいられない。合流ポイントまで、今から歩いて移動する」と、レンが応える。
「妥当な判断だな。陽が暮れれば、また怨霊どもが襲ってくるぞ」と、目を覚ましたアシュタルも同意した。「それとも、シーナ、おまえだけ、ここで待っているか?」
「いやいや、おいてけぼりにしないでくださいよ」と、シーナはにっこり笑う。「うん、昨晩は走ったことだし、この際、日頃の運動不足はこの世界で解消しよう」と、空元気を振り絞った。
今履いているトレッキングシューズは走るには重かったが、山道を歩くには最適だ。空気はおいしいし、健康のために休日に山歩きをしている、と考えれば悪くない。と無理やり思い込むようにした。
だが、1時間も歩かないうちに、
「レンくん、もう無理。絶対に無理。一歩も歩けない」
「峠を越えたら小休止しよう。もう少し頑張ってくれ」
「アシュタルさん、転移とかいう力で移動できない?」
「ああ、悪いな。まだ、全然、力が戻っていないんだ」
シ-ナは歩きながら、溜め息を吐く。
「ああ、私にも、二人のような能力があればなぁ……」
「将来〈エムツー〉になろうってヤツが何を言う」と、アシュタル。
「またそれ?〈エムツー〉って一体なにですか?」
「他人に訊いてばかりいないで、自分で考えてみたら?」
「……エムツーって、Mが二つという意味でしょうか? マイケル・ムーア?」
「おい、誰だよ、それ」と、レンから突っ込みが入る。
「知らない。あてすっぽに言ってみただけ」
蛇足だが、マイケル・ムーアというドキュメンタリー映画監督がいる。代表作は『華氏911』、『ボウリング・フォー・コロンバイン』など。ころころと太って愛くるしいルックスをしている。
「まさか、シーナ、そのマイケル・ムーアとやらが好きなのか?」
「いやいや、アシュタルさん、話を聞いていました? あてすっぽに言っただけですって」
「それで、〈エムツー〉は何だと思うんだ?」
「ああ、そうでした。〈エムツー〉の話でした。Mが二つ、MMだから、そうだ。ミニ・ミラクル。つまり、小さな奇跡」
しかし、レンとアシュタルは無言だ。芳しい反応は返ってこない。
レンが足を止めた。神妙な顔で周囲の気配をうかがっている。
「レンくん?」
「シーナ、ザックを持ってやるから、こっちに貸せ」
「どうしたの? 何があるの? もしかして、敵?」
「いいから、言う通りにしてくれ。無駄口を叩くな」
シーナは仕方なく、レンにザックを渡す。二人は再び歩き始める。
「あの、レンくん」
「シッ、話は後だ」
やわらかな陽射しを浴びながら、二人は山道を進んでいく。豊かな自然と新鮮な空気に包まれて、辺りは平穏そのものの世界だった。ここが、〈クラッシュ・ワールド〉の一部だとは到底思えない。
しかし、彼らの新たな危機は確実に迫りつつあった。




