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B:老人の独白


 すべてが赤く彩られた世界だった。


 女体を思わせる曲線が絶妙なバランスで重なっており、その美しい情景は無限の連なりを思わせる。


 それは言わば、砂の大海原だった。上空は雲一つない蒼穹そうきゅうが広がり、果てしなく続く赤い砂漠と見事なコントラストを描いている。


 強烈な陽射しが降り注いでおり、動物の気配はおろか、虫一匹見当たらない。植物らしきものも見当たらなかった。


 美しい世界は同時に、死の世界でもあった。乾ききった砂の上に刻まれているのは、ただ一人の足跡だけだ。


 彼は同じ歩幅で歩いている。頭部に赤茶けたターバンを巻き、質素な民族衣装をまとった姿は、辺境の遊牧民を思わせた。


 ターバンの隙間からのぞく目元には、深い皺が見てとれる。腰こそ曲がっていないが、彼は老人だった。若い頃は屈強な身体をしていたのだろうが、今は筋肉がごっそり削げ落ちているのが民族衣装の上からでもわかる。


 しかし、老人の足取りは確かだ。ゆっくりではあるが、しっかりと歩を進めている。


「ふむ、何を考えていたんだか」


 乾いた唇の間から、そんな言葉がこぼれ落ちた。赤い世界に存在する生命体は、この老人だけである。だから、これは独白になる。


「何か考えていたんだと思うのだが、どうやら失念してしまったらしい。考え事をしていたことは覚えているのに、何を考えていたのかを忘れるなんて、目の前の問題にかまけて根源的な問題を見失うよりも性質たちが悪い。


「人間は高齢になると、脳髄のうずいが委縮して認知症という病魔に襲われることがあるらしいが、もしかするとそれなのか? ふん、まさかな。そんなはずがない。年齢を数えることをやめてしまって久しいが、私にかぎって、そんな病魔に襲われるわけがない。


「いや、この考え方は危機感に欠けるか。万が一に備えて対策を考えておくことは、文化的で論理的な取り組み方だ。場当たり的に考えていては、安定性が得られず。刹那的せつなてきに興じていては、恒常性こうじょうせいが果たせない。だから、永遠の平和を求めて、争いごとを続けるなんて、矛盾をはらむことになる。


「矛盾は避けたい。進歩や進化の足を引っ張るし、衰退や退化を招くことになる。後戻りを強いられるし、根本的に無駄足となってしまう。遠回りをしたり寄り道をしたりすることは構わないが、何も生み出さないものは存在すべきではない。


「ふふ、冷酷ぶってみても、いざとなると決断が鈍ってしまうのが、私の弱点だな。矛盾や衰退が新たなものを生むことが、ないわけではない。いや、無駄足の中にこそ新たな可能性が潜んでいる、という見方もできなくはない。だから、いつも私は迷ってしまうのだが……」


 老人はブツブツ呟きながら、赤い砂の稜線りょうせんを歩み続けていた。

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