後輩と忘れ物
「…おはよう、えーっとルツェリア嬢だったかな?ファーストネームですまないね、こいつからはファーストネームしか聞いたことがないんだ」
「あ…はい。ルツェリア・フィーンと申します。どうぞその、ルツェリアと呼んでくださいませ」
「さすがに、それはね。フィーン令嬢、私になにか用があるのかい?」
呼称で親しくなる気が無いことをしっかり示しつつ、貴族らしい笑みを浮かべて優しく語りかける。
だが怯えたフィーン令嬢はチラチラとテオリアを見るばかりで……言葉を発することは無い。
どうやらテオリアの前では言いにくい話がしたいようだが……わざわざテオリアから離れてまで、彼女の話を聞くつもりもない。
婚約者持ちの令嬢と、わざわざ婚約者がいない状態で話すなんてよっぽどのことでないかぎり、有り得ない。
「…そろそろ時間だから私は行くね」
「え、あ、あの!」
「エヴィ先輩を遅刻させるつもりか?」
「あ、ご、ごめんなさい!」
私が立ち去ろうとする時フィーン令嬢が引き止め、それをテオリアが注意しフィーン令嬢が萎縮する。
彼が登場したのは、そんな面倒で最悪な場面であった。
「……またお前達か。イブリンデ子息、彼女が心配なのはわかるが婚約者同士のいざこざに首を突っ込むのはどうかと思うぞ」
………はい?
面倒な修羅場シーンに登場したのはエヴァロン殿下とその側近であった。厳しいものいいとは裏腹に彼はフィーン令嬢とテオリアに険しい視線を送っている。
どうやら、私のことを心配してくれているようだ。
「おはようございますエヴァロン殿下、ネイル子息、トリヴァー子息。彼女とは偶然出逢っただけですよ」
ねえ?と言って微笑みながらフィーン令嬢を見ると、令嬢は慌ててこくこくと頷いてくれた。
このままではこの二人は問題児として見られてしまう。
それは私も、二人にとっても良くないことだ。
何も問題は起きてないですよアピールをすると殿下は怪訝そうに私たち三人を見た。
実際にまあ、まだ問題は起きてない訳だしね。嘘は着いていない。
「そうか。ならばすぐに教室へ向かいなさい。もうすぐ授業開始の時刻だ」
「はい、ありがとうございます。失礼致します」
ああ、もう面倒なことになってるなあ。
内心で溜息をつきつつ、貴族らしいキラキラスマイルを浮かべたまま私はテオリアとフィーン令嬢を促してその場から立ち去った。
三年に上がったばかりだと言うのに、なんだかもうどっと疲れた。
作り笑いがヒクヒクと強ばりかける中……その日の授業は魔力測定であった。
座学は、程度の差があってもある程度の集団でまとまって教えられることが出来る。
けれど魔法学はそうはいかない。
私が所属するクラスは成績優秀者のクラスであったが……魔力に関しては一番高いものと低いものでは大きな隔たりがある。
具体的に言うと、高いものに合わせた授業を行えば低いものは大怪我をし、低いものに合わせれば高いものは何も学ぶことが出来ない。
故に、クラスの中でも魔力量によって学ぶ内容を変えるため学年で初めの授業で魔力測定を行うのだ。
「……しまったな」
昨日のゴタゴタで今日が測定日だったことを忘れていた。
「どうしたんだイブリンデ」
「ああ、今日が測定日だって忘れてて普通の髪紐で来たんだ」
「あー…お前の属性は炎だっけ。普通の髪紐じゃ燃えるな…測定中、髪紐預かっといてやろうか?」
「それが、縛っておかないと髪が広がって場合によっては毛先が燃えるんだ」
「…そっちのがやばいな。女生徒の誰かに借りれないのか?」
「私が、女生徒の髪紐を、借りるのか?」
仲のいいクラスメイトの、面倒にしかならないであろうアドバイスににっこり笑って尋ね返すと彼は両手をあげて「悪い、失言だった」とすぐに謝ってくれた。
「っていうかイブリンデお前何で女子みたいに髪伸ばしてるんだ?結い上げたら完全に女にしか見えないじゃないか」
「願掛けのようなもんだ」
右肩から垂れ下がる三つ編みは腹の辺りまである。私としては男性らしくバッサリ切りたいところだが……兄上と父上が全力で反対をするのだ。
女性の髪は大事にしろと言うが……男として生きるには、手入れも面倒だし邪魔でしか無いんだけどな。
「でも似合うだろ?」
そう言ってにこりとクラスメイトに向かって微笑むと、私たちの会話を聞いていた女生徒がきゃあ!と嬉しそうに黄色い声をあげた。
「色仕掛けはやめてくれ、俺は婚約者一筋なんだ」
「気色悪いことを言うな。私の恋愛対象も異性のみだ」
「お前の相手は苦労するだろうなあ……お前より美人な女性なんて俺の婚約者くらいだぞ」
「惚気は結構だがお前、それは婚約者以外の女性を敵に回す発言だからな?それに美人って言われても嬉しくないんだが」
「いやだってイブリンデ、無駄に美人だし」
「肌とか綺麗だよな」
「まつ毛もうわ、なっげぇ」
「腕とか足とか細いし」
ここぞとばかりに悪ノリを始めたクラスの男子共に向かってにっこりと笑って…指をパチッと鳴らす。
すると指先には私の顔と同じくらいの炎がぼっと現れた。
「……燃やすぞ?」
「悪ぃ悪ぃ」
「すまん」
「ほら、さっさと運動場に出るぞ」
微笑みで軽く威圧をすると、友人たちは揃って白旗をあげたのでじゃれ合いながら運動場に出る。
そこには既に魔法学科の先生が待機していた。
髪紐が燃えない程度に手加減、出来るかなあ…?