従者になりたい
その日の夜、私の部屋に呼び出したテオリアはさすがに居心地の悪そうな顔をしていた。
まあ、この状況で良いわけないだろうね。
「さて、何故呼ばれたかわかっているかい?」
「……昼の一件、だろう」
「そうだね。一応聞いておくが、まず何があってあんな状況になったんだ?」
「……」
「黙秘権はないと思いなさい。今日の一件でテオリアの印象は殿下と兄上の中で地に落ちた。君は騎士になりたいんだろう?このままじゃ出世は見込めないぞ」
そこまで言うと、テオリアはガックリとうなだれてぽつりぽつりと喋りだした。
ーーーー私と食事が取れないからテオリアは一人で食事をとるつもりだったらしい。
君、友達他にいないのか…?
食堂の列に並んでいると偶然にもルツェリア嬢が後ろに並んでいたらしい。
まず目が合って真っ青になったルツェリア嬢だったが……テオリアに一緒に食事をとりませんかと言ってくれたそうだ。
「で、テオリアはなんて返事をしたんだい?」
「……何故俺が、ルツェリアと一緒に取らねばならないのかと…」
「婚約者だからだよ?婚約者だから、親交を深めようとしてくれてるんだよ?」
「だが、あんな真っ青で嫌で仕方ないって顔で無理をさせるのは……申し訳なくって」
「申し訳ないと思うなら、もっと優しくしなさい。テオリア、君の配慮はズレている」
兎にも角にも、そんな態度を取られたにも関わらずルツェリア嬢は「婚約者だからです!」とテオリアの前に座ったらしい。
そして……
「……それで?」
「…それだけだ」
「会話は?」
「…何を話せばルツェリアと話が盛り上がるか分からず…」
「それで?まさか君、ひとっことも喋らなかったとかじゃないよね?」
「………」
どうやら図星らしい。
最悪だ、最悪すぎる。
もし私がルツェリア嬢だったならこんな糞婚約者殴っている。深いため息をついて、乱れる心を落ち着けるために紅茶を飲む。
「テオリア、君ね?そんなんじゃルツェリア嬢に婚約解消を願い出られても仕方が無い状況なの、わかってるかい?」
「ああ……俺も、婚約は解消した方がいいんじゃないかと思ってきた…」
「……君はルツェリア嬢のことを好いてるんじゃなかったのかい?」
「普通に好きだが、俺の身勝手で彼女を傷つけて不幸にするのならば…解消もありだと思う…」
「そこは好きな相手の為ならば頑張ってくれよ」
テオリアのあまりの酷さを責め立てるも、私の想像よりも彼自身も反省をしているようだった。
反省した上で、改善もできない。まさに八方塞がりで彼は彼女のためを思って身を引くことを考えているらしい。
「……だが婚約が解消されるとなれば彼女や君の経歴にも傷がついてしまうぞ?」
「俺は自業自得だから構わない……ルツェリアには申し訳ないが、このまま結婚をするよりはマシであろうと思う」
マシなの…か?
正直、愛する家族のためならば性別を偽ることも躊躇無くしている私にとって、何故テオリアが他者への誤解を解くような行動ができないのか理解ができない。
自分にも、家名にも傷をつけてまで……言えないものなのか?
ただ、貴女が泣いてしまうから言葉に出来ないと
貴女が嫌そうならば自分を構わなくていいんだと言葉に出すだけだと思うのだが…。
「だからエヴィ先輩……エヴィルレーラ・イブリンデ様」
思い詰めた表情でテオリアが立ち上がると……彼は私の前に跪いた。
嫌な予感がする。とてもする。
「俺を貴方の従者にしてください。もう女性を相手にするのは……諦めます。生涯貴方に仕えさせてください」
頭が痛い。不器用な後輩が何とか婚約者殿と仲良くできないか気にかけていただけなのだが……心底懐かれてしまったようだ。
片手でこめかみを叩いて、眉間に皺を寄せて真顔で私を見あげるテオリアを見る。
……うん、受け入れてもらえるか不安がっているな。
可愛い後輩を救ってあげたい気持ちはあるが……さすがに私では無理だ。
とても訳ありの身では彼の生涯を預けて貰う訳にはいかない。
「バカを言うなテオリア。君は伯爵家の三男とは言え立派な貴族であろう?侯爵家を継ぐ私の兄ならともかく……いつ儚くなるか分からない次男の私では君の面倒は見切れないよ」
「構いません。エヴィルレーラ様の命の灯火が続く限り、仕えさせて欲しいです」
「……私はこれでも、君のことを気に入っているし大切な友と思っているのだよ?何なら信頼もしている。私に友を失わせないでくれないか」
困りきって微笑みながらぽんぽんと目の前のテオリアの頭を軽く叩くと……テオリアは一瞬嬉しそうな顔をしてからむっすーと不機嫌な顔になった。
ああ、これは照れてるな。
「エヴィ先輩くらいルツェリアが俺の事を把握してくれれば良いのに」
「無茶を言うんじゃないよ。大多数に理解できないテオリアの方が理解されるように努力すべきだ」
「……どうせ俺は顔面凶器ですよ」
「整っている方だと思うけどもね。確かに表情は凶悪この上ないが」
「…絶世の美青年のエヴィル先輩に言われてもね」
絶世の美青年、ねえ。
ただ女っ気があって中性的なだけなんだが。
あと女性が想像する、理想的な男性像を意識しているため……女性のツボにハマりやすいだけだ。
なんとも返答できずにお茶を飲んで誤魔化すと、クッキーを齧りながらテオリアがため息を着いた。
とても困っているのだろうが、そのせいで礼儀作法が乱れてクッキーの食べかすが口からこぼれて服に着いている。
そういうとこが、粗暴だと思われてしまうんだよテオリア…。
「先輩、もう俺のそばでずっと俺の内心を代弁してくださいよ…」
「…先程、したが?した結果恥ずかしくなって私に対しても威嚇したのは誰だ?照れてすごい人相になった結果方々に誤解させたのは……誰だったかな?」
「……すんません…」
「まあ先程のは私も悪かった。だがルツェリア嬢に勘違いをさせるような言動をしてしまった以上…私はルツェリア嬢がいる場にはもう出ない方が良いと思われる。何度も言うが、君自身が変わりなさい」
キッパリと言い切るとテオリアは何かを思いついたようで目を輝かせた。
なんだろう、非常に嫌な予感が再びするよ…?
「…ルツェリアは子爵家の一人娘だから先輩の婿入り先にどうですか?ルツェリアはとても良い娘ですよ先輩!賢いし、気配りも出来るし、見た目も良いので先輩の隣にいても釣り合いますし…!」
「……婚約者を他の男に進めるんじゃないよ。君、そういうところも最低なんだぞ?」
「……ですが、エヴィ先輩もルツェリアを気にして…」
「私が気にかけているのは君だ、テオリア。私はルツェリア嬢には君の婚約者という以上の感情も関心もない。二度とそう言ったことは言わないように。プリシラ、お客様のおかえりだ」
「……エヴィ先輩…」
「もう帰りなさい。そして反省して変わりなさい、テオリア」
どうも今日のテオリアは妙なことを何度も口走る。
これ以上厄介なことを言われても困るのでプリシラを呼んで帰らせると……はあ、とため息を着いた。
兄上にも会って、何とか誤解だと言わないとなあ。
このままでは兄上にも心配をかける。
全くテオリアは面倒ばかり起こすんだから。
そう思いつつも、彼を見放す気がない私は……静かに兄にゆっくり話したいのですが、お時間を作ってくれませんかと手紙をしたためた。