男装令嬢の打開策の企み
「……字が全く読めねえってわけじゃねえよ。多少は読める。だが、書くってなると……うろ覚えの記憶だよりで書いてるんだよ」
「それは……」
あまりにも無謀では無いだろうか。
私とて、覚えてない他国の言葉を辞書も無しに書けと言われれば無理だ。
「…いや、それは書けるわけ無いじゃん…」
それは『再提出』になるはずだ。
呆れため息をつくルイスの言葉に内心で同意しつつ、対策を考える。
「うるせえな、周りだって似たりよったりだ」
「ルイス、紙とペンを」
「え…あ、ああ」
「君、再提出で各項目で書き方が分からない単語を教えてくれるか?」
「は?あ、えっと…経費、武器代、出張費、消耗品……」
ルイスがメモとして持っている紙に怒っていた彼に言われた文字を、なるべく癖を消して分かりやすく一文字を丁寧に書き込んでいく。
結果、ルイスのメモは三枚使うこととなったがこれは…報告書の全ての単語を書いたような気がする。
「とりあえずその場対策としてこれを。君が言った単語は全て書いたから、これを書き写して報告書を作ればいいと思う」
「マジか、助かるぜ!えーっと…けいひ…本当だ!!」
「それで、一応経費で落ちる範囲の金額で今後も使える対策を取ろうと思うが構わないか?」
「これだけでも有難いのに、まだなんかしてくれるのか?」
「ああ。これは所詮メモに過ぎないからな。長く使うなら木版に彫ると言うのもありだが……もっと良いものを思いついたんだ」
読めれば、書けなくても綺麗な書類を書く方法はある。
似たような用途を学園などで見た事はある……最もあれは、同じ書類を大量に作成する時に使った物だが。
幸いにも、雑費の経費がいくら位まで落ちるのかは仕事を通じて理解している。予算は十分範囲内だ。
「期待していてくれたまえ」
上手く行けば彼だけでなく、下級事務官達の仕事がぐっと楽になるだろう。
ニコニコと笑って言えば、目の前の彼……だけでなく、周囲の人間が全員目を見開いてざわついた。
「…王子だ…」
「キラキラ王子だ…」
「やべえ、本物だぞ…」
いや、色々な意味で偽物だけども。
突っかかってきた兵士……ガイはその日のうちに書類の再提出を済ませ、それらは無事にルイスのチェックを抜けた。
今まで誤字脱字読めない怪文章に悩まされていたルイスも実情を知るとガイに同情的になり、こんなに早くちゃんとしてくれるんならもっと早く話を聞けばよかったと後悔していた。
まあ、話を聞く余裕も無かっただろうから仕方がないね。
ミスだらけの書類が先か、業務過多で身動き出来ない職場が先か。その結論はおそらく堂々巡りで出ないだろう。
「ミネルヴァ、帰りにうちお抱えの鍛冶屋に寄りたいんだが手配をしてくれるか?」
「かしこまりました」
さて。
淑女教育などを始めると時間が取れなくなりあっという間に下級事務官でいる期限が迫ってしまうから……ここは少し急いで動くとしようか。
じっと私を見つめるカルヴァンにも笑い返して私はひっそりとした業務改善を始めた。