貴族様の朝食?
翌日、私はミネルヴァとレオールと共に出勤した。
ミネルヴァと私の手には大きなバスケットがある。これは……全員分の軽食だ。私は休憩などで食べるお菓子を持っていきたかったのだが、ミネルヴァが絶対に譲ってくれなかった。
「苦労をかけてすまない、ミネルヴァ」
「いいえ!坊っちゃまのお世話はわたくしの仕事ですもの。同伴させていただき嬉しいですわよ」
「…無理はしないでくれ」
苦笑いを受けつつ正門をくぐると、門番が何故か頭を下げてきた。
新兵なのだから下げる必要は無いが……とりあえず会釈を返しておく。
『あれが噂の王子…』
『王子だ……』
……。
謎の発言が門番の方から聞こえてきたが、黙って進む。すると隣でレオールがこらえきれずに笑い出したので、その脇腹を思いっきり突いた。
下級事務室には既に数人出勤しており、そしてルイスとアレンの間には既に私の新しい机と椅子、それからカレヴァン殿が既に待機していた。
「おはようございます」
「おはよう。まずそちらの使用人を休ませる休憩室を案内しよう。君もついてくるか?」
「いえ、私は仕事を始めます。ミネルヴァ、行っておいで」
「かしこまりました」
バスケットを自分の机の横に置き、ミネルヴァのバスケットも同じように置くとカレヴァン殿はミネルヴァを伴って出ていった。
……彼がいなくなって少し息がしやすくなった気がする。
ふう、と吐息を吐いて席に着くと隣のルイスがなあなあと声をかけてきた。
「おはよう。なあなあ、お前第二騎士団でめっちゃ噂になってるぞ」
「そうなのか?」
「ああ。食堂の嬢ちゃんらの心を奪った『王子』はどこのどいつだ!!って。晩飯食堂でとったらあの方は来ないの!?って嬢ちゃん達に詰め寄られるし、おっさんたちにどんなやつだって問い詰められるし大変だったんだぜー」
「それは…すまないことをした、のか?」
「うん!というわけでめんどくさくなって朝に食堂行けなかったから、このいい匂いの物わけて?」
大変と言う割に楽しそうなルイスはバスケットを指さして目を輝かせた。
元々まともに食事をとる余裕が無いなんて!と憤慨したミネルヴァが持たせたものだからひとつぐらい差し上げても良いだろう。
昼飯が朝飯になった、それだけだ。
「構わないがこれはうちの使用人が、下級事務室のみんなにお昼として用意した物だから……一つだけな?」
「え、まじかよ。おいくら?」
「……さあ、その辺はミネルヴァに後で聞いてみてくれ」
「……お貴族様の家の使用人が作った軽食……」
「お貴族の家のご飯……」
「お貴族様の……!」
「昼って言っただろう。それと、うちの食事のハードルを上げないでくれ」
昼飯だと言ったのにルイスに釣られるように仕事を初めて居た人がこちらに来てバスケットを覗き込み始めた。
その様はまるでしっぽを振る犬のようで……。
知っている。私はこういう人物を知っているぞ。
「……後で一緒にミネルヴァに怒られてくれるなら、一つ食べればいい」
「じゃあ俺これ!」
「すげえ、この肉めっちゃ柔らかいぞ」
「一つって言っただろ一つって!」
そして、そういうのに弱い自覚はある。
許可を出した途端バスケットを机の上に置いて容赦なく手を出す犬ども。
バスケットから離れたと思ったら口と、両手に持って居る人も居る。
ひとつって言っただろう……!
怒りも込み上げるが、貴族と違って本当に嬉しそうに笑って食べてくれるものだから………絆されてしまった。
結果、ミネルヴァが戻って来る前にバスケットが空になり私含め手を出した全員が始業の鐘がなるまでみっちり怒られた。




