騎士団初日
「ふふふ、想像よりも素敵な王子様でしたわエヴィ」
「学園で慣れていますので。皆様距離を近くしてくださったので色々とためになるお話も沢山聞けました」
母が集めた夫人たちは同じテーブルの人達こそ当主夫人達だったが思いのほか傍系の夫人が多かった。まあ、それはそうか。学園に通わせられない家となると……少なくとも裕福ではない可能性が高い。
と、なれば学園よりも社交は楽であった。
表情も丸わかりで、イブリンデ家と繋がりを持てたらという人物ばかりだったので好意的にうけいれてもらえた。
ただ、それでも。
「しかし想像以上に縁を結びたいという方が多くいらして驚きましたね」
「あら、当たり前でしてよ。私の自慢の息子ですもの、こんな青年がいれば私もお嫁に行きたいわ」
「母上みたいに可愛らしい方なら喜んで迎えたいですが、さすがに父上にはかないませんね」
「うふふ、旦那様は一番素敵ですもの」
最も苦手な分野がどストレートで沢山来た。
「うちには13歳と15歳と18歳の娘たちがいるのですがどれかいかがしら?なんなら全員でも」と言われた時は本気で引いた。
全員って…。三人って…。
「その勢いで明日から頑張ってらっしゃい。貴方は会ったことがないけど叔父上の息子のカルヴァンが貴方の補佐に着いてくれるそうよ」
それはもう実質的に騎士団長コースを突き進んでいた人じゃないか…。
そんな人を押しのけて、親の七光りで騎士団長をやらないといけないのか。
「カレヴァン卿、ですか」
「ええ。旦那様が貴方とどちらを騎士団長にするか悩んでいた方よ。現在20歳で子爵位持ちで独身者で剣術の名手よ」
……ふむ、騎士としての腕前、爵位持ち、政略結婚も可能と来れば……強いなあ。
補佐という名の、私を退けるための布石にならないことを祈るばかりだ。微笑みながら茶を飲みつつ、内心でため息を着いた。
「総騎士団長を務めるイーヴェ・アレクサンダーだ」
「イブリンデ子息に補佐として着くことになったカレヴァン・アレクサンダーです」
「エヴィルレーラ・イブリンデです。我が領土を守護する最高位の騎士に名乗れること感謝します。私はこれからあなた方の傘下に入りますが、どうぞよろしくお願いします」
初めまして、も
これからよろしく、も無く
ただの自己紹介だけの挨拶のみ。
私が所属することが嫌がられているのか、それともこういう性格のお人なのかまだ掴めないが……騎士団に行くということは中々に難しいことだと言うことは把握した。
「……それで、コレを私の後継にしろというのだなエクセリオ」
「ああ、そうだ。けれどうちの事情があって騎士として育てることは禁止する。エヴィには『虚弱』であってもらわねばならぬからな」
「『騎士』たり得ぬものを『騎士団長』にしろと…?其方、騎士団長を飾り物にしろと言うのか?」
騎士として育てちゃダメって、父上何を仰るのか。
確かに虚弱を婚約回避の理由に使っていたが……虚弱な騎士団長ってどうなんだ。
案の定、アレクサンダー卿もカレヴァン卿も不快感を顕にしている。
「まさか、自領の防衛を疎かにするわけが無いでしょう。エヴィは『剣』で戦うことは出来なくとも『魔術』で戦うことは可能です。さらに騎士団長として…叔父上では足りぬ部分を埋めることができると思っています」
「……戦える程の魔術が使えるのならば『魔塔』を治めればいいでは無いか」
「エヴィは魔塔よりも騎士団を任せた方が、総合的にイブリンデ領のためになると見た結果です。これは命令です叔父上、エヴィルレーラを騎士団長にする者として騎士団で受け入れてもらいます」
「……わかった。適性がないと判断すれば、その時は私の首をかけて直訴するからな。着いてこいエヴィルレーラ」
「はい」
とりあえず騎士団に行くことは認められたものの、どうやら騎士団長にとっては不服なようだ。
その気持ちは大いにわかるので申し訳ないと思いつつも……父上は出来ぬことをやれとは言わない。
父上に言われたのなら、私はそれを最大限行うだけだ。
家に保存してあった騎士団の構成や、仕事内容はきちんと目を通した。
まだ何をやればいいのかは分からないが……やれることから精一杯頑張ろう。
「其方は何が出来るのだ」
騎士団への移動中の馬車の中でようやく騎士団長が声をかけてきた。
その声色には好意も嫌悪も見えない。彼が何を思っているのかは分からないが自分のアピールポイントを素直に述べておく。
「火の魔術…回復魔法と肉体の活性化、それから火による攻撃魔法は学園基準で言えば魔術科を専攻できるくらいは取得しています。現在の学科は貴族科ですのである程度の事務作業は出来ると思われますが現場を知らないのでどこまで出来るかはわかりません」
「…そうか。ではしばらく事務官として勤め、衛生兵と魔道兵としての適性を見させてもらう。騎士として育成できぬなんて馬鹿げた教育はワシには出来ん、カレヴァンを着けるから必要なことはカレヴァンに聞け」
「わかりました。よろしくお願いしますカレヴァン卿」
「それから騎士団には平民も多い。貴族様らしい貴族の扱いは期待しないでもらおう。イブリンデの名を汚すような振る舞いをすれば速攻たたき出すのでそのつもりでいろ」
「わかりました。質問よろしいでしょうか」
「なんだ」
話は聞いてくれる、と。
それならば色々と上々だ。
「私の護衛として騎士団のレオール等を派遣して頂いておりますが彼の扱いはどうなるのでしょうか」
現在私はレオール含め数名の騎士に守って貰っている。
今も馬車の外には護衛が居るはずだ。騎士団で働く間は護衛をどうするのかははっきりさせねば。
思いもよらぬ質問であったのか騎士団長はふむ、と顎を触って考え込んだ。
「其方、自衛の心得は無いのだな?」
「出来ますが、相手に重症を負わせる可能性はあります。ある程度なら治せますが」
「どう思うカレヴァン」
「…団員を守るためにも護衛は必須かと思われます。特に女性騎士を」
自己紹介以降沈黙を守っていたカレヴァン卿はまっすぐ私の顔を見て言った。露骨なくらい真っ直ぐ、無表情で見て言った。
……うん、何となく言いたいことはわかる。
女性騎士に言い寄られて反撃したら目も当てられない、と私は思っていたのだけれど
どうやらカレヴァン卿は別の意図で女性を守らねばと思っていたそうだ。
「……なるほど。カレヴァンに加えて護衛までもつけたら目立つが……致し方ないな。其方は護衛もつけることを許可する」
「かしこまりました」
そして色々と不安を覚えながら到着した騎士団。
イブリンデ本邸に負けないくらい大きな要塞のここには現在3000を超える騎士がつとめている。
イブリンデ騎士団の総数は6000。これは我が国でも多い方で、領地の各地に1500、それから自衛能力が足りない小さな領地に1500程が常時出向……や、現地で勤務状態にある。
「とりあえずここから学ぶがいい。おい、コレを新しく配属させるから使ってやれ」
そう言って私が放り込まれたのは
死屍累々の『下級事務官室』だった。




