事前情報収集
淑女教育と学園の授業の方は講師の選出をしないといけないらしく、一足先に騎士団の方に通うこととなった。
そのため、制服を頂戴したのだが……早速問題が発生した。
「お久しぶりですエヴィルレーラ様」
「レオール、久しぶりだな。また君が護衛になってくれるのか?」
「はい。エヴィルレーラ様の護衛ならば、私がやらぬ訳にはいかぬでしょう」
「ふふふ、レオールは昼に来なさいと言ったのに朝から来ていたのですよ坊っちゃま」
「そうなのか。私も会いたかったよレオール」
家に戻ったことにより入学前と同じように専属の護衛と傍仕えが割り振られた。
プリシラは残念ながら学園で私の部屋を守るため戻って来れなかったが、実家での傍仕えはプリシラの母で私の乳母…と言っても五歳から世話になっているミネルヴァだ。そして専属護衛は幼少時よりわたしについてくれていたプリシラの兄、レオールが騎士団より戻ってきてくれた。
「騎士団にも着いてきてくれるのか?」
「無論でございます。……そちらは騎士団の制服、でしょうか」
「ああ…ちょっと問題が発生してね」
ミネルヴァに衣装の交換をしてもらおうと彼女にそれを渡すと、ミネルヴァとレオールは揃って首を傾げた。
そんなところはさすが親子、とてもよく似ている。
「如何されましたか?」
「……それ、男物なんだ」
「…問題がございまして?坊っちゃまは男性として騎士団に向かわれると伺っておりますが」
問題は大ありだ。
学園でも同じ問題が発生し、プリシラが対応してくれたが……どうやらその情報は本邸まで共有されてないみたいだ。
「レオール、少し後ろを向いてくれ」
「はい」
不思議そうにレオールが私に背を向けるとサッと胸元の幻術をとく。
そう、どことは言わないが男物のシャツは……入らないのだ。
つぶしているわけでなく、幻術で誤魔化している私の体は純粋な男物の衣装では着ることが出来なかった。論より証拠、実物を見せるとミネルヴァはすぐに理解をしてくれたようだ。
「あらあら、まあまあ。左様でございますか。すぐに別の衣装を手配いたしますね」
「頼む」
「そういえば坊っちゃま、奥様が明日の午前中に騎士団の制服でお茶会に顔を出すように仰っておりました」
「そう……なら今日中に私に合わせた制服を用意しないとね」
「わたくしにお任せくださいませ」
「苦労をかけるな」
「これくらい苦にもなりませんわ」
騎士団には女性隊もいるため替えの制服はその日の午後には手に入った。
だが、デザインが男性のものと違うのですぐにミネルヴァが男性物を見ながら女性物を手直しし……結局私の騎士服が出来たのは翌朝のこととなった。
ミネルヴァには無理をさせてしまった。
新しい騎士服に袖を通しながら夜なべをしたせいで寝ているミネルヴァに後でなにか差し入れをしようと思いつつ、着心地をチェックする。
うん、伸縮性も良くかなり動いても問題は無さそうだ。
唯一、左肩のマントが着慣れないためしばらくの間は汚したりシワをつけないように気を使うこととなりそうだ。
……しかしこれは……胡散臭い王子感が増したなあ。
服装は騎士服なのに、鏡に映った姿は軟弱で……無駄に色気が溢れている。
『男』と言うよりも完全に『王子』だ
性別『王子』って感じでから笑いがこぼれる。
しかも現実の王子ではなく、女子供が理想とするキラキラした、優しくてカッコイイ、絵本とかの王子だ。
……私の目には貧弱で頼りなさそうな男としても女としても中途半端な存在にしか見えないけども。
『エヴィルレーラ様、ご準備出来ましたでしょうか』
「ああ、今行く」
胸元などいつもかけている箇所に幻術をかけて部屋を出ると私と同じ……いや、いくつか勲章を着けて私よりも立派な騎士服のレオールは軽く息を飲んだ。
「着方はこれで大丈夫か?」
「問題ありません」
マントを伸ばすように軽くパサりと左腕を伸ばしてから温室へと向かう。
確か母上はそこで貴族夫人を集めて茶会を開いている。そしてどうやら参加者の婦人は騎士団所属の旦那や息子が居るものばかりのようだ。
騎士団に向かう私への、母なりの後援なのだろう。
母上の優しさに微笑みながら歩いていると温室には直ぐに着いた。
中から楽侯爵家お抱えの楽団の演奏と…楽しそうな明るい声の会話が聞こえてくる。
……邪魔をして申し訳ないと思いつつ中に入っていくと出入口に近いテーブルに座っていた淑女が目を見開いて息を飲み即座に扇で目元以外を隠した。
淑女達に貴族らしい笑顔で頭を下げながら奥にいる母上の元へとゆっくり、優雅に見えるように歩いていく。
どうやら騎士服の効果は客人等には抜群のようだ。
客人の視線は全て私に集中し、それら全てが学園の少女たちよりも輝いている。
輝きすぎて、視線の圧が強すぎて焼かれてしまいそうなくらいだ。正直ちょっと怖い。
「母上」
「あら、エヴィ!来てくれたのね!」
「母上が制服を一番に見せろと仰るからですよ?」
「うふふ、母親の特権よ?でも貴方本当に似合うわねぇ。皆様にご紹介致しますわ。息子のエヴィルレーラですわ。この度騎士団に所属することになりましたの、それで今日は同じ騎士を身内に持つ皆様に色々御教授頂こうと思いましてお呼びだて致しましたの」
「お初にお目にかかります。エヴィルレーラ・イブリンデでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
騎士団長になるとはいえ、始まりは何も知らない子供で新兵だ。
諸先輩らの身内となれば、きっちり礼儀を使わねばならない。イブリンデ家の者としてでは無く、身内の部下になる者として礼儀を尽くし頭を下げると熱視線がさらに強くなった。
「カシャエル・ロランです。お初にお目にかかり光栄の極みですわ。驚きましたわ、アイシャ様の秘密の花がこのように麗しのバラだったなんて。表私どもの前に出して大丈夫ですの?」
「リーリー・エルレインですわ。確かお歳は…十五でしたかしら?よろしいのですかアイシャ様、騎士の仕事を任せても?」
母上と同じテーブルに着いた夫人らが困ったように懸念の声を上げる。
前者は、身体が弱いのに騎士たちの身内の前に出して……騎士にしても平気なのかと問い
後者は、年齢を持ち出した事から学園に通わせなくても平気なのかと聞いているのだ。
批判的でも肯定的でもない。
このお二人だけは他の夫人と違ってギラギラした目ではなく、冷静に私を見つめている。
ーーーー母上とテーブルが同じことから、そしてエルレイン、ロランと言う家名から察するにこの二人がこの場で最も身分が高い。
確か子爵家と伯爵家だったはずだ。
伯爵家の方は父上の部下にも居るはず。文武両道な人材を輩出する家ということか。
子爵家の方は確か港町を持ち貿易で益を稼いでいて伯爵家に勝るとも劣らないほど裕福だった筈だ。
「問題ありませんわ。エヴィルレーラは力仕事は苦手ですが優れた魔法でそれを補いますし、学園で学ぶ授業など片手間でしてくれますもの」
学園で学ぶ授業、かなり難しいんだけどな…。
母上がそれを言うと夫人らがざわつき出した。
当然だ、学園で学ぶ授業はかなり高度なもので……比例するように高額の授業料を払わねばならぬ。
騎士団は、授業料が払えない貴族の子弟が通う最もポピュラーな職場だ。
学園に通った上で就職することも出来るが、団員の過半数は平民で学院出身者は上位の数名だろう。
通わせたくとも、通わせられない学園を『片手間』。
侯爵家とは言えだいぶ傲慢な発言だ。
これは、実力をきっちり見せないと……ただの暴君になってしまう。
「ああ、ですから私も呼ばれたのですね。シャロン・ルイーデですわ。エヴィルレーラ様はとても優秀な成績を収めてらっしゃると息子によく聞きますわ。息子の目標で、憧れの方とよく聞きますわ」
ルイーデ、ルイーデ……該当する生徒の名前が出てこないことに焦りながらも「恐縮です」と頭を下げる。
ルイーデ夫人はどうやら私寄りの立場をとる事としてくれたようだ。
ならばそれも利用して対応をしないといけない。
だが、いつ裏切られての良いようにそれなりの備えも必要だ。それが『貴族社会』なのだから。
「ですがまだまだ学ぶことがあるも事実。どちらもイブリンデの名の恥にならぬよう邁進させていただきます」
父上に負けないくらい母上にもハードルをがん上げされていることに内心で涙を流しつつ、ニコニコキラキラスマイルを張りつけて婦人ら相手に積極的に社交を攻める。
学園の方は気合を入れて学べばいいが、騎士団の方はそうもいかない。
絶対に失敗をしないためにも……事前に情報を集め、事前に好感触を身内から与えなくてはいけないのだ。
機会をくれた母上に感謝をしつつも……やっぱりハードルの高さに涙した。




