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高ハードル



晩餐もタイロン家と共にとると思えば、そうはならず何故か両家ともに久しぶりに家族水入らずで食べようとされた。


……私の従者になるのを反対してそうなタイロン家テオリアが一緒に食べるのはいささか不安だがそこは家族なのでどうにかしてもらおう。


そして私は母上に受けいれてもらってふわふわと夢見心地であったが……実際はテオリアの事を心配する余裕など無いほど追い詰められていた。


ーーーそう、他でもない愛する家族によって。


「エヴィ、先日の魔術適正のテストにより再び体調を崩したという理由でお前には三学年の最終学期まで自宅療養という体で騎士団の団長補佐に着いてもらう。学園には学年末テストの結果で進級を認めてもらう予定だ」


「あら!エヴィがお家にいるの?じゃあドレスを仕立てて貰わないとねえ!」


「……はい?」


食事中に父上が穏やかにとんでもない爆弾発言を放ち、母上がニコニコと嬉しそうに「娘のドレスを選んでみたかったの」と笑った。


いや、いやいやいや、ちょっと待っていただきたいのだが!


「…学園に通うことは高位貴族の義務ですが」


「確かにそれはそうだ。だが、学園で得た縁は騎士団に入る其方にはあまり必要ない。今は少し距離を置いて『エヴィルレーラ』の影武者を立てて『レーラ』と別人であることを意識付けさせなければならない。急に顔が変われば違和感があるが…半年以上会わなければ成長期の子供の顔が変わってもおかしくないだろう?」


……なるほど。当然ながら私は二人になれない。母上の病が治ったのを機に、『エヴィルレーラ』と『レーラ』を作り出すのか。


「…レーラとして社交はいたしますか?」


「いや、それは最低限でいい。レーラは私の愛人の娘として最低限だけ表に出す予定だ」


「それでは父上と母上の不名誉になってしまわれます」


「ふっ、私たちの名誉はその程度で揺らぐものでは無いよな?」


「ええ。愛人の娘も愛情を持って立派に育てあげたと言わせますし、それでレーラのドレスを選べるなら安いものだわ」


全然安いものでは無い。むしろ、ドレスは服飾品の中では最高位に位置付ける高級品だ。

当然ながら私は所持していないが母上の注文に付き合ったこともあるゆえ、知っている。


そうか…あの見てるだけであった注文地獄、今度は当事者として味わうことになるのか。


避けられるならば、避けたい。


だが父上の意思で、母上が乗り気な以上私の騎士団行きは免れないだろう。


「騎士団の仕事とともに淑女のマナー、さらに三学年の授業も覚えねばならぬので忙しい一年になってしまうことは申し訳ないとは思っている」


ドレス注文以外で、あえて目を逸らしていた事実を父上がきっちり釘を刺してくる。

申し訳ないと言いつつも、イブリンデ家の者としてそれら全てで失態を演じることは認めないと目で語っている。


三学年の一期、二期の授業全て一人で学び、騎士団の仕事と、淑女教育か……この場合一番危機感を覚えるのは最後の淑女教育だ。

覚えることも困難だが、それ以上に…覚えたものを男装時に無意識に出さないかをコントロールしなければいけなくなる。


女装時に男性の動きが出ることも、ままあるだろう。


……さすがにハードルを下げてもらおう。

そう思い最早味を感じられなくなった食事を飲み込むと、私よりも先に兄上がキラキラした笑顔で私を追撃してきた。


「問題ありません。父上、エヴィは第三王子の婚約者になる危険を犯すことを厭いませんでした。当然、厳しい王子妃教育もこなす前提でしたでしょう。王子妃教育に比べればその程度のもの、問題は無いはずです」


「……兄上?」


「……それは頼もしい限りだな、エヴィ?」


背中がじんわりと冷えていく。

まさか……まさか……。

先程のは全て建前で……まさか、私を騎士団に送る真の理由は王子から私を引き離すため、か!?


「励みなさいエヴィ。何、大丈夫だ。タイロン子息もすぐに即戦力として育て上げて毎週末お前の補佐として送ろう」


そして私は寒々しいほど笑顔の『家族』によって学園を休み、将来の騎士団長として騎士団に送られることとなった。






家族全員が諸手を挙げて私の休学を喜ぶので、使用人たちも当然それに従う。

だが、一人だけ。たった一人だけ私の休学を喜ばない者が今の邸宅には居たーーー。


兄上と共にタイロン家の者たちは自分の居場所に帰ることとなった。

テオリアには護衛騎士とチャーリーの息子のリチャードが着くことになったため私たちが来る時より大所帯になったーーーが。

その中でたった一人痛みや恥辱に堪えてそうな顔をしている者がいる。


「テオリア、ご迷惑をおかけするな」


「主に気を使わせるなど従者失格ですよ」


「………エヴィ、何とかしろ」


「あらあら、好かれてるわねえ」


「エヴィルレーラ様、彼のやる気に発破をかけてください」



そう、従者になった途端主と引き離されることになったテオリアだ。

困ったことにテオリアは一歩も動かず、タイロン伯爵が引っ張っても抵抗をし、テオリアの兄上が頭を叩いてもじっと私を見ている。


好かれているのは嬉しいが、さすがにこれは困る。


「…坊っちゃま、彼のやる気をあげるような別れの言葉を主人としてお願いします」


どうしたもんかと思っているとリチャードにまでそんなことを言われてしまった。

従者も従者だが、私もそんなことを言われるとは主人失格である。


「……テオリア」


「はい」


「私が学園にいない間、私の名誉を頼んでもいいか?」


「……名誉、ですか?」


「ああ。虚弱と言われるのは良いが、勉強についていけない、なにか不祥事を起こしたなどと心無い噂をされるかもしれないからな」


「…そんなことは有り得ません。エヴィ先輩は聡明で清廉潔白で誰よりも素晴らしい人です。そんなありえない誤解などさせません」


誰だ、それは。

なんかテオリアは私では無い別の誰かを見ている気がするが、会えてグッと堪えてにこにこと微笑む。


「……ありがとう。テオリア、お前がそう思い私の名誉を学園で守ってくれることを嬉しく思う……だが、私はそこまで出来た人間では無いよ?」


「そんなっ!」


即座に反論をしようとするテオリアの前に手を出して言葉を封じる。


「……だから早く従者教育を終えて私を助けてくれないか?私のたった一人の従者、テオリア・タイロン。私には君の力が必要だ」


それまで険しい顔だったテオリアの表情が見開かれ、目が潤みじわじわと耳が赤くなっていく。


そんな彼の頭を……ぽんぽんと、叩いた。


「期待してるよ、テオリア」


「………おまかせ、ください」


すぐに崩れ落ちるように跪いたテオリアは俯いたまま顔を上げることは無かった。


「ほら、行くぞ」


だが先程とは違い今度は俯き、顔を隠したままであったが兄上に大人しくついて行った。


「……エヴィ先輩が尊すぎて辛い…!」


思わず真顔になるようなつぶやきをもらして。


……アレが、私の夫になるんだよ……ね?



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