私のもの
そんなことをしていると、タウンハウスに着いた。
タウンハウスには既に兄上とその従者のレナードが共に居た。
「おかえりエヴィ。それからよく来てくれたタイロン。エヴィ、ちょっといいか?」
「はい。あ、兄上、実家に帰る前に少しだけレナードをお借りしても宜しいですか?従者とは何たるかを簡単で良いのでテオリアに教えてやって欲しいのです」
「そうだな、タイロンの教育者の選定はそろそろ終わるがエヴィの傍にいる以上多少は仕込んでおいた方がいいだろう。レナード、今日一日でいいから見せてやってくれるか?」
「かしこまりました。レナード・キャンベルと申します。こちらへどうぞ」
不安そうなテオリアを連れていくレナードを笑顔で見送ると、それで?と兄上は椅子に腰掛けながら笑った。
「何がです?」
「タイロンを傍において、婿にとる覚悟は出来たか?」
「あ、あにうぇ!?」
急に変なことを言ってくるので、声が裏返りながら反応をすると……兄上はわざとらしくハンカチで目元を拭く様を見せた。なお、涙は滲んですらいないのでわざとらしい演技だ。
「お前を王家に近づけないための策であったが……タイロンについて調べれば調べるほど、エヴィが可愛がっている情報が出てきてお兄ちゃんは悲しいぞ…」
「…お戯れは、程々にお願いします」
じとっとした顔で睨むと、楽しそうに笑った兄上は……すっと表情を改めた。
家族としての顔ではなく…貴族として、次期当主としての顔だ。
「取りやめるなら、これが最後だ。私としてはお前とタイロンは問題ないと思っている……不用意に王家に近づく危険を犯すよりも余程、エヴィが幸せになれるとは思っているよ」
「……本音を言えば私よりも、テオリアは兄上の従者にした方が伯爵家の方々も安心できるしバランスを取れているとは思います」
「そうだな」
静かに頷く兄上を見ながら……テオリアを思い出す。
『エヴィ先輩の傍にいたいんです!』
真剣に、真摯に訴えかけて来たテオリア……。
あそこまで望まれたら、もうしょうがないよね。
「エヴィ、其方…」
「ですが、テオリアは私のものです。彼は私の傍に置きますので、その方向でご了承ください」
「……ああ、それでいい。それで良いのだが……なんだ、物凄い惚気を受けた気がするぞ。アレは、其方を男と思っているのだよな?」
「そうですが、なにか?男でも女でも傍に置くことは変わりありません」
「……まあ、エヴィなら上手くやるか」
兄上はふっと笑うといつの間にか張っていた防音結界を解いて、チリンと使用人を呼ぶベルを鳴らす。
そしてやってきたタウンハウスの執事に指示を出した。
「タイロンとレナードを呼んでくれ。情報のすり合わせを行う」
「……という訳でエヴィルレーラには将来イブリンデの騎士団を継いでもらう予定だ。タイロン子息にはその補佐を頼みたい」
「…左様でございますか。イブリンデ家の騎士団と言えばかなりの規模のはず、息子がお役に立てるなら何よりでございます」
テオリアの生家、タイロン家は息子がイブリンデ次男の従者になることを良しとは思っていないようだった。当主と後継者の二人のみが来たことで、家族ぐるみで付き合う気は無いと暗に意思表示されたこともあるが…
私にも兄上にも丁寧な態度であるし、言葉遣いも所作も問題なく見える一方で……後継者、つまりテオリアの兄は私を見て一瞬眉をひそめた。
『何故こっちの従者に』と言わんばかりのものであったが、それはそれ。数多のレディを虜にしているらしい微笑みで受け流す。
「エヴィルレーラは実務能力と魔術技能は問題ないが、身体が弱い。テオリアにはその辺も含めてサポートしてもらうことになるが構わないか?」
「お任せ下さい。エヴィルレーラ様の為ならば騎士にもなりましょう」
私がタイロン家に不服と思われたのと対照的に
テオリアはイブリンデ家にとても気に入られた。
あれだけ従者になりたいなりたいと言っていたことが実現し、更には苦痛であった婚約からも開放されたのだ。
テオリアの喜びようはものすごく……私への好意全開の態度が兄上と父上と母上の好意を勝ち取ったようだ。
イブリンデ家がテオリアを気に入る傍らで、タイロン家に私が値踏みをされながら昼食を進める。
普段から令嬢らに値踏みをされ慣れているので、分かりにくい失礼な視線を気にしない。
それよりも久しぶりの実家の食事は、私の好みに合わせてあるらしくとても食べやすくてあっさりしているものが多い。
どうやら料理長は今日のランチを私の好みによせてくれたようだ。兄上は大味な肉料理、父上は酒の肴に良い料理が好きで私と好みは全く違うので、わかりやすい。
「ならばうちの護衛騎士を一人君に付けよう。さすがに今から騎士科は無理でも、空いた時間を個別レッスンに費やせばそれなりに戦えるようになるだろう。ただ従者教育と合わせてやることになるが…」
「エヴィルレーラ様の為ならばなんなりと!」
「まあ!うちのエヴィはこんないい子に巡り会えて幸せ者ねえ」
「彼と出会えたことが学園生活で一番の僥倖でしたね」
「先輩……!」
「そうか、そうか。チャーリー、お前の息子をしばらく彼の従者教育に借りてもいいか?」
「早急に手配いたしましょう」
護衛騎士の貸し出しに加え、本家の執事長の息子を貸し出す。
予測を遥かに超える厚遇に、父の気に入りっぷりが伺えて少し苦笑いになる。
しかし……将来騎士団を継ぐのか。
てっきりどこかの地方を任せられると思っていたが、想像よりも重要なポストを任される予定となり少し驚く。
騎士団長なんて、裏切ればイブリンデを制圧できるほどの強力な権力者だ。そんなことは当然しないけれど。
現騎士団長は確か父上の叔父上だったかな、お忙しい人であまり関わった事がないけれど誠実な人であったと記憶している。
……血の繋がりなどないと言うのに、家族の皆は本当に……私を大切にして下さる。
「ねえテオリア君。この後わたくしとお茶をしないかしら?学園でエヴィはどんなふうに過ごしているか教えて欲しいわ」
「是非に!!」
「母上、やめてください」
「あら、エヴィは手紙に可愛がってる後輩が居るなんて書いてくれなかったじゃない。わたくし、エセルから手紙で聞いて驚いたのよ?自らの意思で、仕えたいと言ってくださるなんて…まるで物語のようだわ」
「そうだな、エヴィはこまめに手紙を送ってくれるが私たちの心配ばかりで自分のことはあまり書かないからな」
嬉しそうにうっとりとする母上。と眼の奥に揶揄う光を灯す父上。
これ以上は…これ以上はやばい。
このままここに居れば本当にテオリアがお茶会と言う名の尋問を受けて洗いざらい私に関わることがバラされてしまう。
別に悪いことはしていないが……身内に日常を暴かれるのは少々気恥しい。
「残念ですが、この後テオリアと馬に乗る予定ですのでお茶会はまた今度にしてください」
「ええ、わたくしには貸して下さらないの?」
「貸しません。テオリアは私の従者ですから」
「………あら、でも…嫌がってないかしら?」
視界の端でテオリアが照れたのか唇を真っ直ぐ結んで私を睨みつけ……それまでふわふわと嬉しそうにしていた母上が途端に怯えて動揺しだした。
父上も、兄上も不安そうにするが……見慣れたその表情に私は思わず笑がこぼれる。
「コレは照れているだけですのでご安心を。テオリア、それは婦人に見せる顔では無いよ」
「…失礼しました」
ぐぐぐ、と頬を引き攣らせて無理に微笑んで見せるが
そうするとますます顔が凶悪化し、あまりに面白い表情にふはっと無防備な笑いがこぼれる。
「お前な、なんだその面白い顔は」
「…申し訳ございません」
「学園でも言っているが、顔と感情のコントロールを早急に出来るようにしないとな」
「はい」
引きつった凶悪笑顔と、素の無防備な笑顔で談笑する私たちを
両家の家族は不可解そうに見て、けれど何かに納得したようだった。




