覚悟を決める
「くれぐれも、くれぐれもエヴィ様にご迷惑をおかけしないようお願い致しますね」
「…わかりました」
寮から出ると、プリシラが門前で待っていたテオリアに食事が入ったカバンを渡しながら重ねに重ねる形で注意を始めた。
反省をしているテオリアを見て、少しの間様子を見るが……あまりにも長くなりそうなので見かねてプリシラの肩を叩く。
「それからエヴィ様の私室は私が担当しておりますので、貴方の仕事はありません。呼ばれるまで勝手に入室をしてはいけません」
「……プリシラ、時間が迫ってるから」
「……申し訳ございません。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「うん。行ってきます」
強ばった表情で落ち込んでいるテオリアの背中を叩いて歩き出すと、少し遅れる形で荷物を持ったテオリアが着いてきた。
「すみません先輩。従者として正式に決まる日だと思ったら気が急いてしまって」
「テオリアには身の回りの世話をさせるつもりはないから、その辺はプリシラに任せるように」
反省してるところに追い打ちをかける訳では無いが、彼に身の回りの世話をさせるわけにはいかない。今朝も危うく女性だとバレそうでヒヤヒヤした。
だが……うーん。
待たせてあった馬車に乗って、プリシラが準備してくれた食事を摂りながら考える。
従者、ねえ。
従者は基本的に主人の補佐をするのが仕事だ。
学生のうちに従者が付けられるのは主に跡取りが領地経営の仕事と勉学をこなすために補佐として付けられる。かくいう兄にも、領地経営を学ぶ上での補佐と生徒会の仕事を行う補佐の二名の従者が着いている。
確か生徒会補佐の方は数字に強い男爵家の三男で、領地経営の方は子爵家の跡取りだったはずだ。
子爵家の跡取り…レナードは兄上の補佐をして、経営を学んでいるのだったかな…。
だが、私には特に仕事が割り当てられてはいない。
生徒会にも入ってないし……日々学ぶだけなのだ。
つまり、従者に補佐してもらう仕事がない。
兄上が次期当主としての仕事になれ次第私にも仕事を教えると言われているが……そろそろ仕事を回して頂いた方がいいかもしれない。
いや……もしかすると今日は主従としてイブリンデ家とタイロン家との会食をするだけではなくそう言った話もされるかもしれない。
……そう考えれば考えるほどテオリアは私にとっては過ぎた従者だ。
子爵家に婿入りの予定だったので領地経営学なども学んでいる、伯爵家の三男。本来であれば私よりも兄上の補佐に良いだろう。
兄上の補佐がいずれ離れる予定の子爵跡取りだから……イブリンデから離れない、それよりも上位の子息というのであれば普通は必然的に兄上の補佐になるものだ。
テオリア、兄上の従者にならないか?
口から出かけた問いかけは、土気色の顔色で最後の晩餐かと言わんばかりの態度で食事を摂る彼を見た瞬間、スコーンと頭から飛んでいった。
真顔なのを見るからに何らかの不安を抱いているのだろう。
だが、その顔色はなんだ……うちに会食に行くのが不安なのか?それとも家族に次男の従者になりたいと言って怒られているのか?
「どうした、テオリア。顔色が悪いぞ」
本人が言わないのだから聞いてやる筋もないのだろうが、それにしてもテオリアの顔色は悪すぎた。
だから尋ねると、テオリアはぎゅっとサンドイッチをぺっちゃんこになるほど握って……まるで酸っぱいものを食べた時のように目を閉じて顔がスボめられた。
なんだその顔は?
君は何を考えている。
日常ではとても見た事のない表情に内心同様をしていると……テオリアが半泣きで情けない顔になった。
だが、相手はテオリアだ。情けない、と言った感情であるという保証は無い。
重ねて言うが、相手は表情と内心が一致しないテオリアだ。
「お、俺は…エヴィ先輩の従者になりたいです!!」
??????
思い詰めた様子で何を言うのかと思えば……それは知っているが?
あれ、私の兄の従者にならないか?って口に出したか?
つい取り繕うことも忘れ呆然と彼を見ると、一言口に出したことで楽になったのか次から次へと言葉が出てくる。
「未熟なのはわかっています!ですが、エヴィ先輩とずっと一緒に居たいのです!貴方を支え、貴方に従い、貴方の為となるのが俺の最善です!まだ従者教育を授けてくれる教師の手配が出来てないだけで、従者としてこれから成長致します!決してエヴィ先輩の足でまといにはなりません!ですから!どうか、どうか……従者にする話の撤回だけは……俺にチャンスをください!!俺は貴方の傍に居たいんです」
「……………なぜそんなに話になったんだ」
「……怒ってるんじゃ、ないんですか?俺が失態を見せたから」
「…少し考え事をしていただけだ。君は私より兄上の従者の方が向いていると思ったが…」
「嫌です!俺はエヴィ先輩の傍にいたいんです!」
「ああ、うん。テオリアの気持ちはわかった。ちゃんとわかったからちょっと待ちなさい」
好かれているのも懐かれているのも知っていたが、熱烈な告白のような思いを無防備なところにぶつけられて思わず頬が熱くなる。
そんなことは婚約者に言ってやりなさい、いやそういえばコレ私の婚約予定者だった。そう思った瞬間顔が熱くなるのを感じて自制心を必死に総動員して顔の熱を下げる。
魔力で体温をあげるだけじゃなく下げることが出来ればいいのに…!
「先輩…?」
「いや、わかったから」
一度深呼吸をしてから鉄壁の微笑みを装着する。
若干頬がひきつるが、違和感があるほどでは無いと思う。




