実家お呼び出し
兄上は本当に手を回したらしく、その日のうちに父上を通してタイロン家に話を回しタイロン家とフィーン家の婚約は大人の都合という形で平和的に白紙化された。
そして三日後にはイブリンデ家とタイロン家の間で正式に従者契約とイブリンデの遠縁の娘とテオリアの婚約が整った。
あまりにも早い動きの裏には、時間をかければ私が王家に接近すると焦った父上が居た。
『好きな娘のために頑張ってうちに仕えることになったタイロン家の子息を大事にしてあげてね』
父上はテオリアのことをどんな風に母上に紹介したのだろう。
母上から来た手紙に思わず表情が抜け落ち、
『エヴィの嫁入り衣装とヴァージンロードは任せなさい。今週末を楽しみにしているよ、従者くんも連れておいで』
父上からの手紙では頭が痛くなった。
「なんでこうなった……」
父上はわかっているのだろうか。
私が女として表立つには……母上に、エヴィルレーラの事実を話さなければならないということを。
偽物!嘘つき!と罵られるのは良い。それは甘んじて受け入れるけれど……
初めてであった時の頃のように
母上の心をまた壊すことが、何よりも怖かった。
だが、当主と次期当主の指示には逆らうことは出来ない。私はテオリアを従者として、テオリアを婿に取って、エヴァロン殿下に近づかないようにしなければならないのだ。
テオリアが従者として今まで通りそばに居る……それは、まあ……嬉しいけども。
だがテオリアを婿にとる。
私が女として。
…………すごく良いと思いつつ私は机に突っ伏した。
顔が熱い……こんなんであと三年、大丈夫なんだろうか。
テオリアが従者になることは不安だったが、いざ正式になっても今までとやっていることは差程変わらなかった。当たり前だ、彼はまだ従者教育を受けていない。
友情関係が壊れるのは悲しいが、彼が従者として成長していくのはこれからだろう。
今はせいぜい寮の門で待ってたテオリアが毎朝部屋の前で待つようになって、荷物を率先して持つようになったくらいだ。
と油断していた週末、扉の向こうから話し声が聞こえてふっと目が覚めた。
「……め、…す…」
「…かし……従者…」
誰かわからないけれど寝ぼけた身体と頭で慌てて幻術を身体にかける。かけた瞬間ノックの音と共にテオリアが入ってきた。
プリシラは私が起きる前に部屋の外で騒いだりしない。薄々そんな感じはしたが…やっぱりお前か!
「おはようございます、エヴィ先輩。朝のお支度の手伝いにまいりました」
身嗜み完璧、自信満々で褒めてと言わんばかりの表情のテオリアに対して寝起きで髪もボサボサ、幻術を使っているもののシャツの前もはだけている……そんな状態の時に許可も無く入ってきたテオリア…。
すっと表情が抜け落ちていくのがわかる。
「出ていけ」
「……え、いやでも、お手伝いを…」
嬉しそうな顔から一転、動揺してるのか私と同じく無表情になったけれど……それでも、こればかりは仕方がないなテオリアでは済ませられない。
「…今すぐここから、いや三学年の寮から出て、外で立って待ってろ」
「お、俺は従者です!先輩の手伝いを…!」
「従者ならば指示に従え」
無表情で本気で言ったからかテオリアは顔色を変えながら出ていった。
そんなテオリアと入れ替わるようにプリシラが慌てた様子で入ってくる。
「お止めできず申し訳ございませんエヴィ様」
「……次から侵入者として対処していい。私の許可なく、あいつを入れるな」
「かしこまりました」
「……全く。プリシラ、テオリアを待たせているから身支度を手伝ってくれ」
「はい、かしこまりました」
プリシラが身支度を整える道具を取りに行った隙にサッとトイレと歯磨きを終え、寝室に戻ると暖かなタオルを受け取りながら服を脱がされる。
「今日は実家に帰るから食事はいらないよ」
「かしこまりました。こちらの衣装でよろしいですか?」
「ああ、構わない」
そしてテキパキと着替えを手伝われると今度はスキンケア、そして髪が整えられていく。
学園に行く時と違って、実家に帰る時は相応の身だしなみが必要だ。少々時間がかかるのでテオリアを待たせることにはなるが、まあ無断侵入してきたし待たせていいだろう。
それにしても、普段は自分で適当に済ませるので人にやってもらうのはいまいちなれない。
だが、私と違って普段からお世話したくて仕方ないプリシラはとても楽しそうだし時間が迫ってるのも事実なので甘んじて受け入れる
「朝食もご用意してありますが如何しますか?」
「……馬車の中で食べられるように出来るか?」
「一人前でしたらご用意します」
髪に香油を塗って梳かれながら、プリシラの言葉に何となく棘を感じた。
従者になったのだから、イブリンデ家とタイロン家で会食を行うそうだ。なので、テオリアも実家に連れていく様に言われてる。テオリアが従者になったことは初日に伝えてあるし…。
馬車には彼も一緒に乗るわけで……今、プリシラは一人前を強調したように聞こえた。
テオリアの分は用意したくない、と言ってるのかな?
「……二人分だ。どうした?らしくないぞプリシラ」
紐と共に髪が緩く編まれていくのを鏡越しに見ながら…プリシラの表情を見ると、プリシラは明らかに不快と言った表情を浮かべていた。
「……彼には早急に従者としての教育を行うべきだと、進言させていただきます」
「ああ。朝のあれは酷かったね。帰宅したらチャーリーとレナード辺りにしごいてもらうよ。だから食事は二人分……頼むよ、プリシラ?」
どうやら同じ『仕えるもの』としてテオリアの態度が許せなかったようだ。
いつもは私の思いを先読みして仕えてくれるプリシラの珍しい態度に苦笑いを浮かべると「承知しました。差し出がましいことを失礼いたしました」と言って出ていった。
彼女を見送って……はあ、と嘆息をつく。
これから実家に帰るために王都のタウンハウスに向かってそこから転送陣に乗って本家に帰る。
早ければ昼前には着くが…兄や父や母の反応を考えると胃がキリキリと傷んだ気がした。




