おっと
「そういえばエヴィは昔から悪さが好きだったな」
「なんのことでしょう?私は常にいい子でしたよ」
「……そうだな、お前はいつだって俺の可愛い弟だ」
ぽすんと寝台の端に座ると、兄上はちらっとテオリアを見た。
大切な後輩ならば紹介しろと、言うことなのだろう。
「彼はテオリア・タイロン。二学年の生徒で、私の親友です」
「ちょくちょく見かけてはいたがこうして挨拶をするのは初めてだな。エセルレーラ・イブリンデだ」
「お初にお目に掛かります、テオリア・タイロンと申します。エヴィ先輩には日頃色々とお世話になっております」
テオリアは枕片手に礼儀正しい、綺麗な礼を見せた。
これも私が仕込んだものだ。私の傍に居るからには、無礼な姿を見せてもらう訳には行かない。侯爵家に通じる礼ということはそれ即ち王族にも通じる礼だ。
礼儀作法の授業があるのだから最終学年ならばどの生徒も出来てもおかしくは無いが……二年の、更には伯爵家のテオリアが取るには不自然な礼だ。兄上はそれを察して私をちらっと見るが敢えて黙殺する。
「……なるほど、噂とはだいぶ違うようだ。すまないタイロン君、少しエヴィと話をしたいから君は廊下で誰も入ってこないよう見張りをしてくれないかな?」
「かしこまりました」
大丈夫なのか?と不安そうな顔でこちらを見たテオリアに軽く手を振って…追い出すと兄上がまっすぐ私の頭頂部に手刀を落としてきた。
「いたっ」
「全く、何をしているんだ」
「初っ端からサボりました」
「そうじゃない。サボりもそうだが………エヴァロン殿下が生徒会にエヴィとフィーン嬢を入れたいと言い出した」
「……はい?」
何故、私と……フィーン嬢が?
百歩譲って私はわかる。本来であれば側近候補に入っていてもおかしくない家柄だからだ。
……だが、フィーン嬢が分からない。子爵令嬢で……少なくとも彼女の成績が目立っているという話は聞いたことがないので優秀でも無いのだろう、そんな彼女を生徒会に…?
「殿下の狙いはお前だエヴィ。午前中の授業でエヴィの魔法を見て、無理のない範囲で構わないので側近入りをして欲しくなったそうだ。そしてお前がフィーン嬢を庇護するのに忙しいというのであれば…彼女ごと、生徒会でタイロン君から守るという意味らしい」
「……それはまた…」
つまりここで、私がフィーン嬢を『大切な後輩』と思っていると勘違いをされたことが変な結果となったようだ。
……面倒極まりない。
一番面倒なのは……ここで私が断ればテオリアが大切だとバレて、今度はテオリアが殿下に取り込まれるだろう。
テオリアを巻き込まないためには……私とテオリアの関係をエヴァロン殿下に隠し通すしかない。そのための偽装にフィーン嬢は丁度いいだろう。
「……はあ、わかりました。生徒会入りしましょう」
「…大丈夫なのか、その、エヴァロン殿下の傍に居るということは…」
「学園在住の間だけの関係でしたら、まあ…」
側近入りするつもりは毛頭ない。いくらテオリアを守るためとはいえ、そこまで自分を犠牲にするつもりは無い。
女性とバレる訳にはいかないが、それはフィーン嬢を可愛がる素振りでも見せればまあ、男っぽさは出せるだろう。
……ただ、これで私の後輩を可愛がってのんびり女生徒を捌く悠々生活は終わりを告げる事となった。
これから先の三年間、エヴァロン殿下の傍で性別がバレないようにし、且つテオリアとの関係も……これまで通りとはいかないだろう。
「……断ったとしてもイブリンデ家にはなんの問題も無い。エヴィが苦労をせずとも、タイロンを傍に置いて完全に距離を置いてはどうだ?タイロン君が傍にいれば殿下もフィーン嬢がいるからこちらにおいでとは言い難いだろう」
「…兄上まで何をおっしゃるのです。彼は伯爵家の人間ですよ?彼の将来が爵位を持つかも分からない男の部下なんて可哀想です」
「いや将来の予定は部下でなく夫としてだが。そして父上はお前にも爵位を授ける予定だぞ」
ぶかでなく、おっととして
おっと…?
おっと………
おっと……………
夫!?!?
「な、なななななにを仰るのですか兄上!!こんな男女をめ、めめめめとるなんて、可哀想すぎます!」
「いや、お前は可愛いよエヴィ。そうだな、私としても王家に取られるくらいであるなら……タイロンごと我が家に取り込むのはありだな…伯爵家の子息が伯爵になる人物の従者では分不相応でも、侯爵家の養女と伯爵子息の婚姻なら釣り合いは取れるな」
「無しです!無いです!無いです、兄上!?ちょ、何言って…!それに、当人の気持ちを無視するなんて、そ、そんな!」
「……真っ赤だぞ、エヴィ。……お兄ちゃんは悲しいな…うちのエヴィが…そうか…気づいてないのか?お前、タイロン君を常識外れなほどに可愛がっているぞ。お前がそれほど可愛がるのであれば、婿としてとっても問題なかろう」
「兄上!!」
「うん、そうしよう。エヴィ、お前は生徒会に入らずテオリアを傍に置くように。テオリアはレーラの婚約者とし、卒業まではエヴィの従者、卒業後はレーラの婚約者とする」
「あにうええぇぇぇぇ!」
「そうと決まれば今週末、家に帰るぞ」
とんでもない事に、なった。
良い笑顔で兄上はいつの間にか張っていた音が漏れない結界を解くと廊下に居たテオリアに「エヴィを任せたぞ。何よりも大事に守ってやってくれ、期待してるよタイロン子息」と言い去っていった。
「お任せ下さい!!」
と自信満々に返したテオリアが中に戻って来て目が合うが……顔の熱が、更にました。
なん、なんで、どうして!?
テオリアの将来を守るためにエヴァロン殿下の元で生徒会入りをしようと思ったのに……なんで、なんでテオリアと結婚なんてことになるんだ!?
「…エヴィ先輩?大丈夫か?」
「だ、だだだだだいじょうぶ!も、問題…無い!」
問題しかない!!手で目をおおって、ぽふんと新台に横たわる。
ダメだ顔の熱が引く気配がないし……テオリアの顔を直視することが出来ない。
「…もう、お前、帰れテオリア」
「…エヴィ先輩を一人にしては置けません。イブリンデ先輩にも頼まれましたし」
嬉しそうに言うな!
誇らしげに嬉しそうなテオリアを見ると、兄上の言うことは断るように!と強く言い難い。
結局のところ私はテオリアにも、兄上にも弱いのだ。
「……テオリア、兄上はお前を私の従者にすると同時にイブリンデ家の縁者との婚姻も企んでいるんだ。政略結婚は嫌だろう?兄上の企み通りになりたくなければ、直ぐに私から離れなさい」
テオリアの反応を見るのが怖いので目を塞いだままそう言う。
嫌がるだろう、嫌がるよな。
テオリアは政略結婚で既に上手く婚約者と交流出来なかったのだから。
「俺も貴族ですから、政略結婚は構いません。それでエヴィ先輩の傍に居られるのならば問題などないでは無いですか」
も、問題無いだと…!問題!有るに決まっているだろう!
バッ飛び起きると曇りなきキラキラした瞳が真っ直ぐ私を貫いた。
う、うぐうう!!
「それにイブリンデ家の縁者であればエヴィ先輩はまた俺と婚約者殿の間を取り持ってくれるでしょ?フィーン嬢とは関係がボロボロになってからだったのでもうダメでしたが、初めっからエヴィ先輩に助力をしてもらったら大丈夫だと思います。俺の婚約者になる相手はもう決まってるんですか?俺とやっていけそうな女性ですか?」
「…相手の女性は…君の感情は、理解出来る……と思う」
「本当ですか!?エヴィ先輩以外にそんな察しのいい人が居るんですね!」
本人です、エヴィルレーラ本人です。
とはさすがに言えずに終業の鐘がなるまで私は針のむしろ状態で冷静を装い、キラキラと目を輝かせるテオリアと共にあることになった。




