男装令嬢
「おはようございますエヴィ様」
「ああ、おはよう。今日もありがとう」
「身に余るお言葉、恐縮でございます」
「気にしないで、私は謝意を口に出したいだけだから」
メイドが顔を拭くための暖かに湿らせたタオルを届けてくれた時には既に着替えをすませ、長い髪を手早く編み込み終わったあとであった。
ここ、ディートリア学園では基本的には身分関係なく自分のことは自分で、がモットーだ。
とはいえ貴族の日常は使用人達によって支えられているのでさすがに全てを自分で行うことは無理がある。故に、出来る範囲で自分のことを行えばいいのだ。
とはいえ私の出来る範囲は、貴族のそれよりもかなり広いものだ。
普通の貴族の過半数は使用人に起こしてもらうところから始まるらしい。
タオルで顔を拭いてさっぱりし、制服の上着に袖を通すと紐のように編まれた髪を右肩から前に垂らす。
そして、分かりにくいように内部で高さ調整をされているブーツを履いて……身体の部分に幻術をかける。
「どうかな、プリシラ」
「今日も素敵な坊っちゃまでございます」
「うん、ありがとう。行ってくるね」
胸は、平らに
くびれも、平らに
声は意識して少し低くして、あとは男性が着用するものを着ているだけだ。
それだけで私……エヴィルレーラは歳よりもやや下に見える男性貴族令息へと変貌し、そして今日も男として男子寮から学園へと向かった。
そう、本来の性別が女である私がなぜ男装をして男として学園に通っているのかという問題は……今から十年ほど昔へと遡る。
とある侯爵家で産まれた末の息子は母譲りで身体がとても弱かった。
十歳までもてばいいと言われた息子は、兄や両親に愛され守られ……五歳の時に天寿を迎えた。
そして、息子が死んでしまったことにより…母親は心の病を発祥させてしまった。
自分に似て身体が弱かったせいで死んでしまった。
自分のせいで、と自分を責める母親は生来身体が弱いこともあってすぐに息子の後を追ってしまいそうなほど弱りきってしまった。
恋愛結婚で結ばれて、母親を深く愛する父親は狼狽えた。
そして……孤児院から一人の娘を連れてきた。
少女は死んだ息子と同じ髪色、同じ瞳の色、更には……中性的な顔立ちもそっくりであった。
母親の慰めになれば、と連れてきた娘であったが……既に心身が弱りきった母親は、もう壊れていたのだろう。
『ああ、エルヴィレーラ!貴方が死んだなんてやはり悪夢だったのね!』
母親はそう言って孤児であった娘を抱きしめ、涙を流して喜んだのだ。
母親は娘を、息子だと思い込んだ。
息子が死んだことは無かったこととなり、娘を可愛がってみるみる元気になる母親。
これには父親も……兄も、困り果てた。
母親が元気になったことは幸いだが……娘は息子では無い。
だが、現実をつきつければ母親は死んでしまうかもしれない。
困り、悩み、考えた末……デビュタント前の子供は公に公開されてない事もあり……娘は、息子として侯爵家に引き取られることとなった。
この息子として引き取られた娘が、私だ。
いや本当、孤児の娘を息子として引き取るなんて貴族は頭がおかしいんじゃないかと当時も思った。
だが……父上は母上を深く、それは深く、羨ましいほど深く愛しているのだ。
二人の息子として十年も育てられればそれは否が応でも理解させられた。
そして私を本当の息子と思っている母上はもちろん……父上も兄上も、私のことは心から大切に愛してくれた。
私が全寮制であるディートリア学園に入学する際は両親揃って号泣して見送ってくれた。
兄は今年卒業であるがこの二年間頻繁に遊びに連れてってくれたりいろいろと気にかけてくれた。
そんな家族たちを愛しているから、今の私は男性として生きることを受け入れている。
愛する家族のためなら、これくらいなんのことは無い。
男性が女装をするとなれば体格や顔立ちによって違和感があっただろう。
だが女性が男装をすると……元々侯爵家の息子によく似ていると言うほど、顔立ちの整っている私は美しい男性に見えるそうだ。
雄々しくは見えないが、婚約者も居ないし中性的なところがたまらなく魅力的でまるで王子様のようだと女生徒には好意を持たれている。
とは言え、彼女達の思いに答えることは出来ないのだけれども。