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002悪役令嬢が引っ越してきた理由を教えてくれた件

初回は2話同時更新です

(わたくし)、つい先日まで母国であるフェルデン王国の第一王子の婚約者でしたの」


という語り出しで大体察してしまったのは許してもらいたい。


「もしかして婚約破棄でもされました?」

「あら、よくご存じで。我が国にいらっしゃったのかしら?」


そんな簡単に異世界の行き来ができると思わないでいただきたい。


悲壮感もなくあっけらかんと言うマーガレットに、琴音はやっぱりと思いながら軽く説明した。

ここ最近、そういった物語が流行しており、“悪役令嬢”が婚約破棄と同時に断罪され、そこから先の話は多岐に渡るが悪役令嬢が自分を追い込んだ人々を“ざまぁ”する事が多い。

琴音の簡潔な説明を聞いたマーガレットは少し考え込んでから告げた。


「もしかしたら私のような存在が他にもいらっしゃるのかもしれませんね」

「どういうことですか?」


曰く、マーガレットのように異世界から同等の理由でやってきた人物が存在し、自分の生い立ちを誰かに話した。それが物語として面白いと感じた人がいて、文章や絵にしたためたことにより人の目に触れ、派生していったのではないかという予想だ。

あくまでマーガレットの予想ではあるが、実際に目の前にいるマーガレットの存在(彼女自身)がその信ぴょう性を増している。


「私の場合、第一王子に想い人が居て、その方を虐めたという罪を問われましたの。言い訳も出来ぬまま国外追放を言い渡され――」

「免罪じゃないですかっ!」

「いいえ、事実です」

「虐めてたの!?」


マーガレットはティーパックの紅茶をすすりながら、これまたあっさりと罪を認めた。


「あら美味しい紅茶ね」

「もらいもののティーパックですけど、持ち帰ります? うち誰も飲まないんで」

「頂戴しようかしら」


私が立ち上がる間もなく、マーガレットの後ろで立ったまま控えていたエドワードがキッチンに立つ真智子の元へいき、早々にティーパックを催促している。

真智子は真智子で、一番大きなビニール袋にティーパックひと箱だけ入れるのはどうかと思う。

「袋がこれしかないの」というのは「目の前にこれしかないの」ということであり、我が家に全く袋が存在しないわけではないが、この際は置いておこう。あれは母、真智子の怠惰である。


「貴族社会の中でそういった事は日常茶飯事ですのよ。私は詰めが甘く、証拠を握られてしまったのは不覚でしたわ」


ただ、マーガレット本人は何もしていないのだという。


自分が何も言わなくても周囲が勝手に動いてくれるのが公爵令嬢という立場だ。周囲が彼女の気持ちを慮り、立場を考えて彼女の為を――ひいては自分達の立場の為に勝手に行動した結果が現在だという。


「じゃあ貴方は何も悪くないんじゃ?」

「いいえ、周囲がそう(・・)動いていると知っていながら止めなかったのは、上に立つ者の責任になるわ。(まつりごと)において“知らなかった”は許されるべきではないの」


この国の政治家に聞かせたい台詞、ナンバーワンである。


「その政の戦いにおいて私は負けたのよ」


そう語り終えて、ふぅっと大きく息を吐いたマーガレットの表情は、後悔よりも清々しさが垣間見える。


「もしかして、婚約が嫌だったんですか?」


聞いていいのかはわからないが、なんとなく雰囲気から察した琴音が尋ねると、マーガレットはフフッと小さく微笑んで。


「貴族の娘として生まれたからには、本来であればその質問に対して否と応えるべきだと理解はしているけれどね。マーガレットとして答えるならば、是であるわ」


ふと遠くを見つめたマーガレットは続ける。


「別に王子が嫌いとかではなかったし、妃教育も大変だったけれど楽しくもあったのよ。ただ、私は公爵令嬢以外の生き方を知らないの」


それは誰かと自分を比べるように。


「ま、そういう理由で国外追放となった私ですが、直接手を下したわけでもなければ、死罪になるほどの罪を犯したわけではありません。相手は私より下位の貴族令嬢でしたし。けれど、黙って素直に国外追放されるのも面白くありませんもの。どうせなら、と親族の伝手でこちらの異世界に参りましたの」

「結構大事なとこを端折られた気がしますが、大体は把握できました」


オホホホホッとシリアスをぶち壊すように高笑いをしだしたマーガレットの雰囲気に乗り、琴音もうんうんと理解を示す。現実的にはあり得ない話ではあるが、目の前にいる存在がなによりも……なので、これはもう色々誤魔化されても受け入れるしかないだろう。


エドワードなんて、真智子に紅茶を貰いに行ったはずなのに、ちゃっかりキッチンで真智子の手料理の味見をしだしているし、ご近所づきあいが急激に加速している。


「エドさん、そっちのお醤油取ってくれる?」

「この奇怪な黒い液体ですかな?」

「そう、それそれ。肉じゃが、味見してみる?」

「肉じゃが……? ほう? この何とも言えぬ芋のホクホク感がたまりませんな。肉も入っていると。平民にしては良質な肉を食べておられますね」

「今日は安かったのよぉ。あと、この国に貴族はいないから、平民じゃなくて一般市民か一般家庭と言った方がいいわよ」

「階級制度がないのですね? それは失礼いたしました」

「この世界は勉強中なんでしょう? いいわよ、今から覚えていけば。あ、沢山作ったから肉じゃが少し持っていく?」

「こちらの世界でいう“おすそ分け”というものですね! 感激です! 引っ越し早々にこちらの文化に触れられるとは!」

「タッパーは洗って返してね」

「“タッパーは洗って返す”……エドワード、しかと心得ました」


なんだろう、この仰々しい肉じゃがのやり取りは。

そして真智子よ、なぜそんなにもあっさりと異世界人と馴染めるのか。


燕尾服を着た白髪白髭の人が一般家庭のキッチンにいる違和感が半端ない。


意気投合しているキッチンの様子を横目に、マーガレットは気合を入れるように琴音に向き合って。


「エドと真智子様との交流もございますし、私とお友達になって、今後ともご近所づきあい? というものをしていただけませんか?」


琴音は面食らった。これほどまで真正面から友達になってほしいと言われたのは初めてだったからだ。

言った本人は自分の生い立ちを話す時よりかなり緊張した面持ちで琴音を見つめている。幾分か体が震えているように見えるのは気のせいではないだろう。

話し方や立ち振る舞いから大人びて見えた人ではあったが、こうやってみると年相応の少女である。

そんなマーガレットの姿に、琴音はふっと肩の力が抜けて。


「改めまして、佐伯琴音です。高校二年生の十七歳。お隣同士、よろしくね」


そう言って片手を差し出すと、マーガレットは屈託のない本当の笑顔で嬉しそうに琴音の手を握った。


「改めてよろしくお願いしますわ。私の事はメグと呼んでくださいましっ! 十六歳ですの!」

「まさかの年下!!」


衝撃の事実である。

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