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七人七色 陸高美術部活動録  作者: 最灯七日
第七章 都喜衣乃編 まつりの前に
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7-1 主将たるもの

ここから第七章。最後の主役は主将の喜衣乃。

 板張りの床を踏み込む音。

 空を斬る竹刀の音。

 断続的に、そしてリズミカルに何度も、何度も。何十も何百もそれを繰り返す。

 子どもの頃から慣れ親しんでいた、懐かしい感覚。

 いや先月に成り行きとは言え竹刀を握ったからそうでもないか。

喜衣乃きいの。茶にするぞ」

 不意に入ってきた師範の声に、私はその手を止める。

 彼の「茶にする」は練習を中断しなさい、と言う意味だ。オーバーワークになりかけたり、型がおかしいなど、主に苦言があるときにこの言葉が出てくる。

「久々に顔を出したと思えば、道場で素振りさせてほしい、だものな。稽古をつけるとかならまだしも」

「すみません。煩悩を気兼ねなく発散させたかったので」

「俺の教えた武道はストレス解消のためにあるものではないぞ」

「わかっています。ですが、困ったことがあったらいつでも訪ねてきていいと師範が前におっしゃっていたので、お言葉に甘えました」

「いや、確かに言ったけどなあ」

 師範は困ったように頭を掻いた。おかしい。困らせるつもりはなかったのだが。

「で、煩悩は晴れたのか?」

 私は少しだけ考えてから、それに肯定した。

「ならいいが。喜衣乃が元気ないのは珍しいからな。何があった?」

「友達と喧嘩しました」

「それ、物理的な喧嘩じゃないだろうな?」

「違います」

 大体そんなことしたらあかりが死んでしまう。

「明日の朝、きちんと謝ります。そしていつも通りの仲に戻れるように努めます。それが私のやるべきことです」




 翌朝、私はまっすぐ甲府こうふあかりの家に向かった。

 突然の訪問と謝罪に彼女は戸惑っていたが、向こうも色々思うことがあったらしく「私の方こそ嫌な態度とってごめん」と予想以上にあっさりと仲直りできた。

 「何かあったのか」と聞こうと思ったが、昨日はそれで怒らせたのだからやめた。ただ、本当に悩みを抱えているのだったら、きちんと力になりたい。それが友達と言うものだ。

「あの、喜衣乃ちゃん」

「なんだ?」

「昨日の事ならちゃんと解決したから、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ」

「え?」

「顔に出てる」

 私は反射的に手を顔に当てた。それを見てあかりがおかしそうに笑う。

「そんなに気になるんだったらそのうち話すよ。だから本当に大丈夫」

 しまった。なんだか逆に気を遣わせてしまった。

 どうしてこうも力になりたいと思っているのに空回りしてしまうのか。何がいけないのだろう。

 もしや、そうした誰かの為にと考えること自体がおこがましいというのか。

「喜衣乃ちゃん?」

「あ、ああ。何でもない。今日は天気が良くないなと思って」

「天気?」

 あかりは雲で白く覆われた空を見上げた。

「あー。ニュースで台風来るって言ってたもんね。ちょっと時期外れのが」

 普通ならば秋に来る台風は九月に来るものだ。遅くても十月上旬。

 だが、今は十月の下旬。しかも文化祭は週末、もう数日後と迫っている。

「あ、でも予報によると今日の夜のうちに通過するっぽいから大丈夫だよ」

「そうか。ならよかった」

 これで文化祭が潰れようものなら、何処にその怒りをぶつければいいのか考えなければならないところだった。皆が一丸となって一生懸命取り組んだ行事なのだ。中止になってたまるものか。

「あの、喜衣乃ちゃん」

「どうした?」

「文化祭が大事なのはわかるけど、生きるか死ぬかの問題じゃないんだからそんなに台風相手に殺気立てなくてもいいと思うよ?」

「なっ?」

 もしやあかりはエスパーなのか? こうも思っている事を見抜いてくるなど、人間技ではない。

 いや、だからこそあかりは周囲に気を配れるのか。

 だとすればそれは素晴らしい能力の活かし方だ。人の心を読み取る力は下手すれば悪用されかねない物なのに。

「……やはりエスパーになるには相当の修行が必要なのだろうか」

「ごめん、喜衣乃ちゃん。すごく意味が分からない」




 曇り空は昼休みになるとさらに雲の厚みを増し、ぱらぱらとした小雨を降らし始めた。

 間もなく風も強くなるかもしれない、と考えながら教室を出て職員玄関へ向かう。昼休みになるとそこでパンの販売があるからだ。惣菜パンから菓子パンまで種類も多く、味もなかなかにいい。

 ただ、美味なのはありがたいのだが、買いに行く際にとても混雑するのが難儀である。酷い時は並んで買うだけで昼休みの半分が終わってしまうこともあった。

 ようやく卵サンドとコーンマヨパンにありついて行列を抜けた途端、唐突に背中に誰かが飛び付いてきた。よけようと思ってもこの人ごみの中、逃げる場所などない。

 私は半分呆れながらため息を一つ付き、私の肩にしがみ付きながらぶら下がっている人物に声をかけた。

「お久しぶりです、先輩」

「おー、よく私だってわかったなー、後輩」

「こんな真似をする人は他にあなたしかいませんから」

 私は、少々強引に背中から『彼女』をおろすと改めて向き直った。

「いやー、久しぶりだと思ったらつい嬉しくなっちゃって」

「嬉しいのはありがたいのですが、時と場所を考えて下さい。危ないですし」

 私の言う言葉にも悪びれることもなくあははと笑う小柄な彼女は、前髪につけているヘアピンを直しながら見上げるようにこちらを見た。

 彼女の名は洲田すだ 百花ももか。この夏まで我が美術部を率いてまとめ上げていた先代主将である。

 絵の腕はかなり立つのだが、いかんせん気まぐれで突拍子のない行動を取るところが玉に瑕である。こう言うと他の同級生部員が「人の事言えないだろ」と突っ込んでくるのだが、私は別に突拍子のない行動を取った覚えはない。きちんと理由に基づいて行動している。何故かこう言っても信じてくれないのだが。

「それにしてもよくこんな人ごみの中で私を見つけられましたね」

「そりゃ、そんだけ背が高くてそんな長くて目立つポニーテールなんか一発で分かるわ」

「む」

 反射的に自分の髪に触れる。頭頂高く縛った真っ黒な髪はずいぶん伸びたような気がする。

「てか、いつも同じ髪型のような気がするんだけど、ポニーテールってハゲ、いや、頭頂傷めない?」

「これが一番落ち着くので。時々髪を縛る位置も変えたりしているのでさほど心配する事でもないでしょう」

「まあ、でも似合ってるし、黒髪ストレートは心底うらやましいわ。長いと手入れ大変そうだけど」

 洲田先輩が肩の位置より少し短い自身の髪をいじりながら私の方を見上げる。確かにそれくらいの長さなら一見手入れは楽そうだ。

 だが経験上、短髪と私はとにもかくにも相性が悪い。

 まず第一に似合わない。そしてこの背の高さで男と誤認される。

 あと今しがた手入れが楽だといったが、それは洗髪に限った話であり、セットに関しては短髪の方が髪がはねたり癖が目立ったりで大変なのだ。長い髪だと一本に縛れば大体の問題は解決できる。

 と言うと、あかり辺りに「もっとおしゃれに気を遣え」と怒られそうだが。

「って、そうそう。雑談が用事じゃないんだよ。前に頼まれた例のやつ、放課後に持ってくるからよろしく」

「え、本当ですか!」

「いや、そこで嘘ついてどーする。とにかくまあそういうことだから」

 洲田先輩はげらげらと笑った。

「じゃ、時間取らせて悪かったね。期待してるぜ、新部長」

 そしてそのまま人ごみの中へ消えていく。

 そうか。私は洲田先輩に期待されているのか。そう自覚してからふと私は、きちんと期待に応えられているのかという疑問にかられる。

 あかりの件だって些細な事で嫌な思いをさせてしまった。

 日曜日に出かけた時も、エアホッケーのパックを壊して勝負を台無しにしたあげく、店側にも迷惑をかけてしまった。

 さらに遡れば、部の予算会議だってもう少しうまく立ち回れていればスムーズに行けたかもしれない。

 よく考えたら反省点ばかりではないか。

 千里の道も一歩から。部をまとめて率いるものとしての道も決して容易いものではない事は重々承知の上だが、私はもう少し気を引き締めるべきではないだろうか。

 思い立ったが吉日。より良い部をつくるために私はもっと精進せねば。

 そのために何ができるのだろうか。文化祭の成功はもちろんのこと、私自身のスキルアップも欠かせない。

 それにあと半年もすれば、学年も上がり新入部員も入ってくる。部の存続を考えると新入部員の確保にも力を入れなければならない。

 いや、少し待て。一度にそれをやろうとするのはいくらなんでも無謀だ。こう言うものはきちんと優先順位を決めてだな



 ぐるぅぅぅぅぅ



 勢いのいい、腹の音。

 そうだった。私が最優先にすべきことは、昼食をとる事だった。

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