93:ディランの後悔
人から顔を認識されにくいってどういうこと?
首を傾げるわたしにジャックは静かに語った。
「俺の未来視は強力なものだろ? その反面効果というか……ありていに言えば呪いだな。未来が見える代わりに人から認識されにくくなるんだ……諜報員としてはありがたい呪いだけどさ」
呪い……そうか、特別な能力に対する付随作用……特別な力を行使する代償とも言える。能力使うだけでも副作用があるのに、さらに呪いまであるとは……それだけジャックの未来視が強力な証なんだろうけれど。
それはさておき、確かにその呪いは諜報員にとってはプラス作用があるだろう。でも、普通に生きていくうえではマイナスだ。どれくらいの期間会わなくなると認識されにくくなるのかはわからないけれど、顔を覚えてもらえないというのは大変なことだ。
ジャックとディランがもう何年も顔を合わせていない。ディランはジェームズと言う人物のことを朧げには覚えているけれど、再会したとしても認識はできない。だからディランは「初対面」と言ったんだろう。
わたしの顔を見てなにを思ったのか、ジャックは笑う。
「ちょっと寂しいときもあるけど、もう慣れたさ。それに、これはこれで役に立つときもあるし」
同情したのがバレたんだろうか。
だから同情するなと、もう慣れたなんて言うのかな。慣れることなんてない気がするけど……まあ、わたしが気にしたところでなんの解決にもならないし、なにより同情なんてジャックもまっぴらごめんだろう。だからもう気にしない。
「とりあえず、安全な宿が確保できてよかった~。今日からフカフカのベッドで眠れるぜ……」
伸びをしながら言ったジャックを見たあと、閉ざされた研究室の扉を見る。
なんだかなあ……このまま帰ってもいいのかな……。
「……ディランさんをこのまま放っておいていいんでしょうか……」
「放っておけよ。今はなに言ったって無駄だろ」
それもそうだな。今のディランになにを言っても受け入れてもらえないだろう。少し時間を置くしかないか……。
「そうですね……では、ジャックさん。本館に案内を……」
「案内は必要ない。俺は俺で適当にやるから」
「そうですか……では、わたしはこれで失礼しますね」
一礼をして立ち去ろうとしたわたしに、ジャックが呼び止める。
「レベッカちゃん」
「はい?」
振り返ったわたしに、ジャックは真面目な顔をして言う。
「俺が言うのもおかしいけどさ……学園や家の外では気をつけた方がいい」
「それってどういう意味ですか……?」
「悪いけど、今はこれ以上言えない。とにかく、一人にならないようにな」
そう言ってジャックは本館の方に向かってしまう。
また意味ありげな……そして情報が中途半端すぎる。いや……中途半端だからこそ、言えたのかな。
ジャックが敵か味方かはまだわからないけれど……彼が本気でわたしたちから信頼を勝ち取ろうとしているのはなんとなくわかる。
彼が本当にわたしたちの味方になってくれたなら、そんなに心強いことはないと思う。
家に戻り、ジャックのことをアンディに報告する。ディランとのことも、もちろん伝えた。
それを聞いたアンディは静かに「そうか」とだけ言った。
『ディランの様子がおかしかったような気はしていたけれど……彼なりに責任を感じていたんだね。それに、失敗は許されないと……そんなふうに思っていたのか……』
「ディランさんがそう言った心あたりがあるの?」
『ああ……君は知っておいていてもいいかもしれないね。ディラン・テイラーは皇家が後見している──それは彼が優秀な魔法士だからだ。数々の成果を上げてきた彼には皇家も支援を惜しまない……けれど、逆に言えば成果がなければ皇家の支援は無くなる──そう彼が考えても不思議じゃないだろう?』
「それはそうだけれど……本当にそれだけなの?」
『いや、たぶん違う。ディランを皇家で面倒見るようになった経緯は、彼の師が亡くなったからだ。クリスは生前、陛下に弟子のディランを支援してやってほしい、それが国のためにもなると、相談されていた。実際、ディランの才能は目を見張るものだったから陛下は支援することを決めたわけだけど……ディランは自分の師匠がそう陛下に頼んだことを知らない。自分の実力だけで今の立場にいるのだと思っているだろう。だから余計に、今の居場所を失わないために、失敗はできないと思い込んでいるんじゃないかな。誰にでも失敗はあるものだし、実際今までだってすごい失敗をディランはしてきたけれど、誰も咎めなかった。それを忘れるくらい……レナ嬢の光魔法後のことがショックだったんだろう』
トーンを落として言ったアンディの話に頷く。
なるほど、ディランのことを皇家で支援していたのはそういう経緯もあったのか。てっきり実力だけかと思っていた。なにせ、ディランの師匠であるクリス様はディランと同じくらい偏屈で人嫌いなことで有名だったから。弟子とはいえ、他人のために頭を下げたなんてにわかには信じ難い。
……ところで、最後のセリフが気になるんだけど……光魔法後のことってなに?
そう問いかけると、アンディは驚いた声を出した。
『レナ嬢やノアから聞いていないの? レナ嬢は光魔法を使った後、すごく苦しんでいた。涙には血が混ざっていたし、鼻血も止まらず、なおかつ血まで吐いた。治癒師を連れてきていたからなんとかなっただけで、とてもじゃないけれど、今後は余程のことがない限り、彼女の光魔法は頼れない』
アンディからの衝撃告白に、わたしは息をするのを忘れた。




