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9:弟の心兄知らず


 アンドレアスが生まれたのは私が三つになったばかり頃だった。

 弟か妹が生まれると聞いて、私はすごく楽しみにしていた。


 弟が生まれたら、一緒にたくさん遊んであげよう。

 妹が生まれたら、たくさん可愛がろう。


 私は自分の血の分けた兄弟が生まれるのを、本当に楽しみしていたんだ。

 ──そして、弟は生まれた。自分の母親の命と引き換えにして。


 そんな生まれのせいか、弟のことを母親の命を奪ったなんて言う輩もいた。私と弟は母親が違うが、それでもアンドレアスは私の弟だ。だから私は周囲が止めるのも聞かず、弟の世話を一生懸命した。


 だからだろうか、弟は誰よりも私に懐いてくれたんだ。



*******



「へえ、そうだったのですね」


 わたしたちは席に座り、お茶を飲みながらオスカー殿下の話を聞いていた。

 隣に座るアンドレアス殿下をチラリと見ると、不機嫌そうな顔をしてどこかを見ていた。

 わたしの視線に気づくと、ギロッと睨むのも忘れない。そこは忘れてほしかった。


「あの頃のアンドレアスは天使かと思うくらい可愛らしかった。今度、小さい頃のアンドレアスの写真を見せてあげよう」

「ぜひ! 楽しみにしておりますわ!」


 力強く頷くと、足を踏まれた。

 誰になんて言わずもがな。もちろん、アンドレアス殿下に、だ。

 レディの足を踏むなんて……! よし、絶対小さいアンドレアス殿下を見てやる。決めた!


「アンドレアスに懐かれて本当に嬉しかった。だが……可愛がるだけではいけない……そう思い、私は五歳になったアンドレアスと一緒に訓練を始めることにした」



*******



「アンドレアス、今日から一緒に訓練をしよう」

「くんれん、ですか?」


 アンドレアスは首を傾げた。

 私は力強く頷き、アンドレアスと同じ歳頃に使っていた木刀を渡した。


「皇子たるもの、強くなくてはならない。そのためにはまず、剣術を覚えるんだ」

「はい」


 アンドレアスは生真面目に頷き、木刀を受け取った。


「ではまず、その木刀の素振りから──」

「あ、あにうえ……」

「どうした?」

「も、もてましぇん……」


 アンドレアスはぷるぷると震えながら、両手でなんとか支えていた。


「持てない? おかしいな……私は持てたんだけどな……まあ、いい。ではまず、この木刀を素振りできるようになろう。そのために、体力と筋肉強化だ!」

「は、はいっ」


 それから私は、来る日も来る日もアンドレアスに基礎体力強化メニューをやらした。


 初日、メニューを終えた弟はブルブル震えていた。

 きっと達成感に浸っているのだろう。うん、弟よ、これが強くなるための第一歩だ。


 二日目、弟の体の動きがぎこちない。

 体のあちこちが痛いと訴える弟に心を鬼にしてメニューをこなすように言った。

 メニューが終わったあと、弟は倒れ込んでそのまま眠ってしまった。よほど疲れていたらしい。うん、お疲れ様。


 三日目、弟の目に輝きがない。

 メニューが終わったあと、昨日と同じように倒れ込んで眠ってしまった。


 それを三ヶ月間続けた。



*******



「さ、三ヶ月……?」


 チラリと隣のアンドレアス殿下を見ると、目が死んでいた。よほど辛かったらしい。

 これがトラウマになったのかな……。


 そうだ、思い出した。オスカー殿下は昔から体が強く、その体力量や筋肉量は幼い頃から大人並だった。

 そんなオスカー殿下が考えた体力向上メニューを五歳の子どもがやらされた……恐らく大人並のメニューを、五歳のアンドレアス殿下が……。


 地獄のような日々だったのだろう。なんというか……本当にお疲れ様でした……。


 そしてやらせている本人は良かれと思ってやっているのだからタチが悪い。やだ、五歳のアンドレアス殿下すごく可哀想……。


「三ヶ月こなしてアンドレアスは木刀の素振りができるようになったんだ! あのときの感動は今でも覚えているよ。もっと鍛えてあげようと思ったんだけど、周りに止められてしまって……勉学の方にも集中させてほしいと」


 残念そうに言うオスカー殿下だけど、わたしは周りの人の判断に拍手を送りたい。それ以上の厳しいメニューなんてやらしたらアンドレアス殿下は耐えられなかったに違いない……。


「それからなにかとすれ違うことが多くなり、あまりアンドレアスと話す時間もなくなってしまったんだ」


 ……避けたんですね、アンドレアス殿下。気持ちはわかる。


「だから、こうしてまたアンドレアスとゆっくり話をする機会ができて、本当に嬉しい」


 オスカー殿下はアンドレアス殿下を見て、優しく微笑んだ。

 その微笑みにはアンドレアス殿下への慈しみが感じられて、この人は本当にアンドレアス殿下を大切に思っているのだなと思えた。


「兄上……」


 アンドレアス殿下も感じたのだろう。驚きと、ほんの少し嬉しさを滲ませた声だった。

 まあ、そうわたしが感じただけで、実際のところはどうかはわからないけれど。


「アンドレアス、レベッカ。突然押し入ってしまって悪かった。だけど……またこんなふうに私と話をしてくれると嬉しい」


 少し寂しげに笑い、オスカー殿下はそう言って帰って行った。

 嵐みたいに訪れて、嵐のように去っていった。


 アンドレアス殿下はしばらく無言だった。

 そんな彼を見守っていると、ポツリと彼は言った。


「兄上がそんなふうに思っておられたとは……考えもしなかった」

 

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