81:針千本
「そんなことが……なるほど……」
アンディは一通りわたしの話を聞いて考え込んだ。
今度はきちんと椅子に座っている。長い足を組み、腕も組んで顎に手を当てている様はとても絵になる。
そんなどうでもいいことを考えながら、アンディが話し出すのをわたしは待った。
「……リックの方はもう大丈夫なんだね?」
「ええ。浄化は成功しているわ。ただ、まだ目を覚さないだけで……」
「そう……早くリックが目を覚ますといいね」
目を伏せて言ったアンディに頷く。
別にヴァーリックがいなくたってどうってことない。
……って、ヴァーリックが里帰りをしたとき、最初の頃は思っていた。食べ物よこせーって騒がれなくて済むし、むしろ清々したくらいだった。
でも……ヴァーリックのいる生活に慣れてしまったから、ヴァーリックの賑やかな声がないことが物足りなく思ってしまう自分に気づいて、ヴァーリックと一緒にいる日々を楽しもうって思っていた矢先にこうなってしまった。だから余計に、目が覚めないヴァーリックを見るのが辛く感じるのかもしれない。
でも、わたしがくよくよしていたところで、ヴァーリックが目覚めるわけではない。くよくよして目覚めるならいくらでもくよくよするけれど、そうでないのなら時間の無駄だ。というか、いつまでもくよくよしていたら、ヴァーリックが目覚めたときにからかわれそう。それは絶対に避けなければならない。腹が立つから。
「もう一度確認するけれど、今のところ、レナ嬢が浄化できるのは一体のみ、ということでよかったかな?」
「ええ、それで合っている。ディランさんたちが頑張って効率化を進めているけれど……すぐにすぐ何十体も浄化できるようになるとはとても思えないわ」
「一日一体か……厳しいな」
眉間に皺を寄せるアンディの気持ちはわかる。わたしだってそう思うもの。
今のレナちゃんの調子だと、一日一体を毎日続けるのも難しそうな様子だ。なんとかレナちゃんの負担にならず、一度にたくさんの魔獣を浄化する方法が見つかればいいんだけれど……。
「でも、レナ嬢が浄化できるということがわかっただけでも一歩前進だ。あと気になるのは……」
「ジャックのことね?」
ジャックのことは正直にアンディに話をした。
同じ学園に通っているのだし、彼が先手を打ってアンディに接触して変な風に誤解されるのも困るからね。
「彼は未来がわかると言っていたんでしょ? そしてとある組織に所属している」
「ええ、そう言っていたわ。その組織の名前までは教えてくれなかったけれど……」
「…………前に、聞いたことがある。特殊な能力を持つ子供を集めている組織がある、と」
「え? なんていう組織なの?」
「……」
アンディは口にするのを悩んでいる様子だ。
え? アンディが悩むくらい危ない組織にジャックは所属しているの?
「……組織というよりも、宗教団体と言ったほうがいいのかな。僕たちは太陽神を信仰しているけれど、その組織は太陽神を否定し、邪神を信仰しているのだとか」
「邪神……」
急に厨二っぽくなったな。
いやそんなことよりも、そんな組織があったなんて知らなかった。
「悪魔教って呼ばれているんだけれど……表には出てこないけれど、相当数の信者がこの国にもいて不定期にミサを開いているらしい。その組織は邪神を信仰するだけではなく、人体実験のような邪法も行なっていて、その被害者はかなりの数がいると言われているんだけれど、被害を訴えても取り合ってくれなかったり、不自然な形で捜査が終了したりしている……という話を聞いたことがあるよ。そのジャックは彼らの犠牲者なのかもしれないね……」
思っていた以上にゲスい団体だな、悪魔教って……。いや、さすが『悪魔教』と名乗っているだけはある。
「でも、彼は自分は諜報員だって言っていたけれど……」
「犠牲者が特殊工作員になるケースがあるんじゃないかな。彼みたいに特殊な能力があるとしたら、なおさら組織としてはその能力を利用したいと考えるだろう」
「なるほど……」
というか、アンディはジャックの話を信じるのね。未来が見えるって話を。
わたしは半信半疑なんだけどな……同じ転生者だと言って、それを信じるに値する知識を持っていたなら、話は別だけど。
ジャックの話を信じるのかと尋ねると、アンディはあっさりと頷いた。
「信じるよ」
「どうして?」
「きっと彼が君に僕の未来のことを話さなければ、僕は無理をし続けていたと思う。そして無理に出かけた魔獣浄化の最中にリックが魔獣化をした場合、絶対に僕は死んでいたと確信が持てる。だから、リックが【黒の魔力】に汚染されていたという時点で、僕は彼のいうことには信憑性があると思った」
「ふうん……」
わたしはやっぱり信じられないけどね。……いや、違うかも。わたしはジャックを信用したくないんだ、きっと。
なぜなら、嫌いだから。だからアンディにもわたしと同じ態度をとってほしかった。でもあっさりとアンディがジャックのいうことを信じてしまったから、わたしはそれが面白くない。わかりやすいな、わたし。
「彼の言うことすべてを鵜呑みにするわけじゃないけれど……でも、気をつけるよ。まだ死にたくないからね」
「アンディ……」
「君にこれ以上無茶をさせないためにも、僕自身のためにも、ちゃんと息抜きはする。約束するよ、レベッカ」
「絶対よ? 約束破ったら針千本だからね?」
「ハリセンボン?」
「約束破って針を千本も飲まされたら怖いでしょう? そんな目に遭いたくなかったら約束を守りなさいって言う意味」
「へえ……確かに針千本なんて飲みたくないなあ」
「でしょう? だから絶対、約束を守るのよ」
「わかったよ」
そう言ってしっかり頷いたアンディにわたしは安堵した。
約束破ったら、本当に飲ませるからね。有言実行がわたしのモットーです。
少しだけアンディと話をしたあと、アンディに寮の入り口まで見送ってもらった。
寮の入り口ではノアが待っていた。さすが優秀な護衛。
ノアはわたしたちの様子を見てなにかを察したのか、「仲直りできてよかったっスねえ」と笑った。
仲直りもなにも……別に喧嘩をしていたわけじゃないんだけど。
ともかく、アンディはもう大丈夫そうだ。




