8:作戦は上手くいかない
興奮した様子のノアを宥め、わたしは家に戻った。
そして翌日、オスカー殿下からお茶のお誘いを受けて屋敷はどよめいた。
なぜオスカー殿下からお誘いが? とお父様は戸惑っていた。それはそうだろう。我が家はアンドレアス殿下派なのだから。だからわたしはアンドレアス殿下の妃候補としてお呼ばれされたのだ。
オスカー殿下からの手紙は簡潔。『我が妹と親交を深めたい』以上。
わあ、オスカー殿下ったらお兄ちゃんになる気満々。あれ、本気だったんだ……本気っぽいなとは思っていたけれど。
しかし、アンドレアス殿下への建前上、お父様はどうしたものかと頭を悩ませているようだ。
そんなの、本人に聞けばいいじゃないか。
と、言うわけで本人を我が家にご招待しました! スケジュール合わないかなと思ったけれど、合わせてくれたようだ。
わたしったら大切に思われている……って思いたいところだけれど、アンドレアス殿下にもわたしがオスカー殿下からお茶に誘われた話が耳に入ったのだろう。だからわざわざ足を運んでくれたに違いない。
「いらっしゃいませ、アンドレアス殿下。わざわざお越しいただき、誠にありがとうございます」
「今日はお誘いありがとう、レベッカさん」
決まった挨拶を交わし、二人きりになるやいなや、アンドレアス殿下は口を開く。
「どういうことなの」
「どういうこと……とは?」
オスカー殿下のことだろうとはわかっているけれど、あえて惚けてみせる。なんとなく、怒られそうな気がしたから。
「オスカーのことだよ。なんであいつにお茶なんか誘われているの?」
いつもよりも低い声音で、アンドレアス殿下が怒っていることがわかる。こ、怖い……でも、それはわたしが皇妃になるため、アンドレアス殿下が皇帝になるために行動した結果なのだ。
「作戦です」
「作戦?」
嘘です。本当はこんな作戦じゃなかった。
少しずつ仲良くなってからの予定だった。それにアンドレアス殿下にももっと信頼してもらってから、オスカー殿下にお茶に誘ってもらい、そこにアンドレアス殿下も呼んで偶然を装い、麗しい兄弟仲を築いていく予定だった。
思ったよりもオスカー殿下が積極的だったのは大誤算だ。おかげで、わたしはこうしてアンドレアス殿下に睨まれている。
「オスカー殿下とのお茶会にアンドレアス殿下もお呼びし、交流をしていただこうという作戦です」
もっとあとの作戦ですけどね!
時期が違うだけで、作戦自体は嘘ではない。
「……君、バカなの? そんな作戦、お断──」
「やあ! 我が妹レベッカ! そして我が弟アンドレアス!」
バーン! といきおいよくドアを開けて入って来たのはオスカー殿下だった。
え? なんでオスカー殿下がここに?
オスカー殿下の背後には明らかに動揺している両親の姿が見える。
しかし、両親以上に動揺したのが──なんとアンドレアス殿下だった。
「あっ、あに、あに、あにっう、え……!」
わたしと会うたびに浮かべていた余裕の笑みは消え失せ、明らかに動揺している。
え? どうしたの、アンドレアス殿下。
「アンドレアスがレベッカの家に遊びに行ったと聞いて、いてもたってもいられなくて私も来てしまったんだ」
ニコニコと爽やかに笑うオスカー殿下。
いや、来るな。皇子様に突然来られるとか、迷惑でしかないから。
「会うのは数週間ぶりだな、アンドレアス」
「は、はい……」
挙動不審なアンドレアス殿下を訝しく思っていると、オスカー殿下がわたしの両親と話をし始めたのを見計らって、アンドレアス殿下が手招きをした。
「なんでしょう?」
「…………言いたくなかったけれど、僕はあいつが苦手なんだ……」
「あいつ?」
「オスカーだよ、わかるでしょ? オスカーと一緒にいると、過去の出来事が蘇って……冷静じゃいられなくなるんだ……」
ガクガクと震えるアンドレアス殿下の異常な姿に、いったい過去になにがあったのかと思う。
というか、オスカーとアンドレアスの関係ってこんな感じだっけ? うろ覚えなのが本当に悔やまれる……。
「だから、君がなんとかして」
「なんとかとは……?」
「なんとかだよ! あいつの対応は全部君に任せるから」
「えー……わたしに任されましても……」
「僕じゃどうしようもないんだよ! 僕じゃ、あいつには敵わな……」
「二人でなんの話をしているんだ?」
不思議そうな顔をしてオスカー殿下が会話に加わると、アンドレアス殿下は「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。
本当に過去になにがあったんだ……そしてなぜアンドレアス殿下の異常な様子にオスカー殿下は気づかないのか。
とにかく、これでは本当にアンドレアス殿下はあてにならない。わたしかなんとかしないと。
「別になんでもありません。ちょっとした世間話です」
「世間話か……アンドレアスが他人とそんなふうに親しくできるようになったとは……私は弟の成長が誇らしい」
そう言ったオスカー殿下の顔は本当に誇らしげだった。対するアンドレアス殿下はぎょっとした顔をしている。
この兄弟はいったいどんな関係性なの……? まったくわからない。
「アンドレアスはな、小さい頃はそれはそれは、すごく人見知りだったんだ」
「なっ……!」
過去を懐かしむように目を細めるオスカー殿下に、アンドレアス殿下は口止めをしようとなにか言いかけたのを、わたしが制した。
「まあ、そうだったのですか? とても意外です」
アンドレアス殿下がすごい顔で睨んでくる。
いや、でも、気になるじゃないか。今ではこんななのに、小さい頃は人見知りって。
好奇心は猫をも殺すのだ。
……ん? 今、アンドレアス殿下は十歳。十歳の小さい頃ってほんの数年前ってこと?
たった数年で克服したの? すごいな、アンドレアス殿下。
「当時のアンドレアスは兄っ子でね、よく『にぃしゃま』と言って私に懐いてくれていた……」
そうして、オスカー殿下の昔語りが始まった。