62:記念館
クリス様の家があった場所にはかつてディランたちが暮らしていた家はなかった。
何年も前の出来事だし、家も取り壊されているだろうことは予想していた。
だけど……。
「なに、これ……」
「あれ、お嬢知らないんスか? クリス様記念館。偉大なる魔法士の功績を讃え、クリス様の残した日記や落書き、魔術書からお気に入りのタオル、クリス様自ら描いたという魔法陣が展示されている場所っス」
まさか記念館が建てられているなんて、誰が思う。
いや、クリス様の記念館があることは知っていましたよ? でも、まさか元々家のあった場所に建てらているなんて思わないじゃないか。
日記とか魔法陣とか魔術書が展示されるのはわかるけれど……お気に入りのタオルって……それに落書きも……そんなものが自分の死後に展示され、人目に晒されるなんて思いもしなかっただろうな……。
「ちなみに、この記念館の収益は全てディランさんのために使われているらしいっス。噂によると、お城が建てられるくらいの金額を入場料としてもらっているとか」
「すごい……」
色んな意味でね。
ああ、だからディランは屋敷が壊れても平然としていたんだ……一年間でお城建てられるくらいのお金がもらえるんだもんね。
確かに結構な人数が出入りしている。儲かっているんだな……。
「とりあえず、わたしたちも入ってみましょうか……」
「ウッス」
ヴァーリックは相変わらず夢の中だ。
カゴの中を覗くと気持ちよさそうに寝ている。能天気で羨ましい限りだ。
入場券を受付で買って、中へと進む。
普通の博物館のように、クリス様にまつわるいろいろな物が展示されていた。さっきノアから説明があった通り、お気にいりのタオルと書かれ、綺麗に展示されている普通のタオルもあった。なんでこれを展示しようと思ったんだろう……スペースが余ったのかな……。
なんとなくじっとタオルを見ていると、いつの間にか隣に人が立っていた。
邪魔をしたら悪いかな、と立ち去ろうとすると「なんでこんなの飾ろうと思ったんだろうね」と、まるでわたしに話しかけるかのように呟いたので、思わず足を止める。
「こんなタオル飾ったってなんの参考にもならないのにさ。ねえ、君もそう思わない?」
「え? ええ、まあ……」
今度は完全に話かられて、思わず返事をしてしまう。
隣にいた彼はにっこりと人好きのしそうな笑顔を浮かべた。
「やっぱりそう思うよね。いやあ、まともな感性の人に出会えてよかった」
「はあ……」
馴れ馴れしいなあ、この人。
うーん……でも、なんだろう。この人の声、どこかで聞き覚えがあるような……。どこでだっけ?
「じゃ、俺はもう行くね」
「はい」
彼は目を細めて口角を上げる。
そして、去り際にこう呟いた。
「──またね、レベッカちゃん」
「え?」
振り返ったとき、彼の姿はもうそこにはなかった。
なんでわたしの名前を知っているの? 名乗った覚えはないのに。
それに「またね」って……。
考え込んでいると、いつの間にか離れていたらしいノアが急いだ様子で戻ってきた。
「お嬢! どこ行っていたんスかぁ! 勘弁してくださいよ、お嬢になにかあったら怒られるのはオレなんスからね!」
あれ、ノアいなかったんだ。気づかなかったな……。
プンプンしているノアに「ごめんなさい」と謝る。そして、先ほどまでここにいた彼について聞く。
「ねえ……さっきまでここにいた人なのだけど……」
「え? 誰かと一緒にいたんスか?」
「ええ。すれ違わなかった?」
そんなに広い館ではないし、ノアは先に進んでいたから、先に進んだ彼とはすれ違うはずだ。
だけどノアは不思議そうに首を傾げた。
「いえ、誰ともすれ違わなかったっスけど……」
「本当に?」
「さすがにこの広さで誰かとすれ違えば気づきますよぉ」
ノアが嘘をついているわけではなさそう。
じゃあ、彼はどこに消えたんだろう。確かに出口の方に向かって歩いていく彼の姿を見たのに。そのすぐ後にノアがやってっきたのだから、絶対にすれ違うはず。
「ん……あれ? 魔法を使った痕跡があるっスね」
ノアが小さく呟く。
「わかるの?」
「ええ、まあ一応? 皇宮勤めになる前は街の現場で働いていたんで。魔法を使った事件とか取り扱ったことも何回かあるっス」
「そうなの? 知らなかったわ」
「言ってなかったスからねえ。それにお嬢、オレのことまったく興味ないっしょ?」
「ええ」
「即答⁉︎ 酷い!」
ごめんね、と心にもなく謝る。
「この魔法の痕跡……相当できる奴っスよ。お嬢に不審人物のことを聞かなければ、気づかなかった可能性が高いっス」
「そうなの……」
あの人の目的はなんだろう。
わたしに接触すること? でも、どうして? わたしに接触したところでメリットなんて……。
『ふああ……よく寝た。主、飯はまだか?』
「リック、起きたの」
むくりと起きあがり、わたしの頭の上に停まったヴァーリックを見て、一つの可能性を思いつく。
──彼の目的はわたしではなくて、ヴァーリックだったのでは……?




