6:騎士見習いのオーウェン
ヒモ宣言はともかくとして、ノアに修練所へ案内してもらえることになったのは良かった。
十歳の子どもがうろつくような場所ではないし、ノアがいれば言い訳はしやすい。
金貨がいちまーい、にまーいとご機嫌そうなノアの前を歩きながら、この人を頼って正解だったのだろうかと少し不安になった。
でも、ノアしか頼れないのだ。お金ひとつで動いてくれる彼はありがたい存在でもある。普通の人なら、わたしのような貴族の娘が修練所を見たいなんて言ったら眉をひそめられ、絶対に案内してもらえない。
あちこちに嘘をつきながら、ノアの案内で修練所に辿り着く。
そこでは数名の騎士たちが訓練を行っていた。
ここは剣術や体術などの武器を使った訓練を行う場所らしい。他に魔法の訓練所もあるのだとか。
わたしの目的は武器の訓練の方だ。ここにオスカー殿下がこっそり混じっているはずなのだ。
「こんな汗臭い場所に来てなにが楽しいんスか?」
「楽しくなんかないわ。でも、ここが一番遭遇率が高いはずなの」
「遭遇率?」
この辺に動物なんかいたかなあ、とトンチンカンなことを言うノアを無視し、わたしは目を凝らしてオスカー殿下を探した。
どこだ。どこにいるんだ、オスカー!
「──ノア、なんでこんなところに?」
驚いたような少年の声がすぐ近くで聞こえた。
恐らく騎士見習いの少年だろう。騎士見習いに用はない。わたしは少年の姿を確かめもせずにオペラグラスを取り出して騎士の練習風景を見つめる。
「あ、殿下。ちわっス。今日は新しい主の護衛っス」
「へえ、では彼女がノアの新しい主人?」
「雇い主はお嬢の父親ですけど、今オレが護衛してるのはレベッカお嬢っス。殿下も相変わらず真面目に訓練されてるんスねえ」
「それが私の取り柄だからなあ」
うーん、いない……。
わたしの知るオスカー殿下はアンドレアス殿下よりも明るい琥珀色の瞳に珍しい銀色の髪だから、ここで訓練していればすぐにわかると思ったんだけど……。今日はもう訓練を終えてしまったのだろうか。
あまり長居はできないし、また日を改めるしかないか……。
「ノア、お喋りはそのくらいにして、帰──」
「お嬢、紹介するっス。こちらはオスカー殿下っス」
……は?
そう声に出さなかったわたしを褒め讃えたい。
ノアと話し込んでいた少年はニコニコと笑顔を浮かべてわたしを見た。
「こんにちは、レベッカさん。私はオスカーだ。ノアとは彼が騎士団に所属していたときによく訓練に付き合ってもらっていたんだ」
「…………オスカー殿下……?」
彼がオスカー殿下だと……?
だって、髪の色が違うじゃないか。今の彼の髪色は平凡な茶色……あっ、鬘か!
そうか、変装して訓練に混じっているんだ。オスカー殿下の正体をノアが知っていたことが意外だ。
「変装のために鬘を被っているんだ。ノアには私の護衛を担当してもらうこともあった。だからノアは私のことを知っているが、ほとんどの者は私を『騎士見習いのオーウェン』だと思っている」
「そうだったのですか……でも、わたしに正体を教えてしまって大丈夫なのですか?」
「あなたはノアの主だからね」
うーん、それって理由になるかなあ。
ニコニコと爽やかに笑うオスカー殿下からは裏の意図は読み取れない。そもそも、ゲーム上では裏表のある人ではなかったはずだから、裏の意図なんてないのだろうけれど。
「でも、ここでは『オーウェン』で頼む」
「かしこまりました」
「ノアもな」
「ウッス」
皇子様に対してなんて軽い態度なんだ、この護衛。
もしかして不敬罪で騎士団を辞めさせられたのだろうか。その可能性もありえるな……。
しかし、一応主人(?)として注意はしないと。
「ノア、きちんとした言葉遣いを……」
「ああ、レベッカさん。どうか気にしないでほしい。ここでは私は見習い騎士なのだから、ノアに改まった態度をされると怪しまれてしまう」
「オス……オーウェン様がそうおっしゃるのなら良いのですが……」
「ウッス」
ヘラヘラした態度のノアにイラッとする。
オスカー殿下がいいと言ったからとはいえ、やはりこの態度はいただけない。きちんと躾ないと。
これも権力者たる定め。下々の者の教育はわたしの仕事だ。
この護衛の言動をなんとかしようと胸に誓っていると、オスカー殿下が不思議そうにわたしに尋ねた。
「ところで……どうしてレベッカさんとノアがこんなところにいるんだ?」
「あ……そうでした。わたし、あなたにお会いしたくて」
「私に?」
はい、とニッコリ頷く。
まずはオスカー殿下と仲良くなること。そしてある程度親しくなったら、アンドレアス殿下と仲良くしてほしいとお願いし、ちゃんと二人で話し合ってもらう。
二人とも目指すところは違うけれど、目的は同じ。アンドレアス殿下は皇帝になりたいし、オスカー殿下は皇帝になりたくない。この二人が手を組めば、何事もスムーズに進むはずだ。
「レベッカさんは弟の友人だろう?」
おや、わたしがアンドレアス殿下の妃候補の筆頭であることは知っているのか。なんだか意外。そういうの興味ないのだとばかり思っていた。
「ええ、その通りです。友人なので、オーウェン様とも親しくしたいのです。後々のためにも」
そう言ったわたしに、オスカー殿下は目を細めた。