5:ヒモ宣言
それからは皇子様と和やかにお茶会──と見せかけて、わたしの知識を試すクイズ大会が開催されていた。
必死に頭を働かせて答える。
これはなんの試練だ。いや、皇妃になるための試練なのはわかるけれど、なぜ今なの。お菓子食べさせてほしい。
「……なるほど。侯爵はしっかりと君に教育をされているようだ」
どうやら褒められているようだ。
真面目に家庭教師の先生の授業受けていた甲斐があった。
「でも、皇妃となるには最低限三ヶ国語は話せるようにしておくべきだ」
「さん……かこく、ご……?」
今のわたしは隣国の言語をたどたどしく言える程度で、筆記に関しては英語でいうアルファベットを書けるようになったレベル。
十歳にしては頑張っている方だと思う。
「それに、軍事に関する知識も最低限でいいから覚えてほしい。それから……経済学の知識もあった方がいいな」
指を折りながら必要な知識について言っていく皇子様にわたしは呆然とした。
そんなに学ぶことがあるの。それもそうか、皇妃だもんね……。
「あとは魔法についてもある程度の技量があるといい。特に防御や結界の魔法は確実に習得するべきだ。基本的には護衛が守ってくれるけれど、自分の身は自分で守れるに越したことはない」
「それはそうですね」
自己防衛のための手段を持つことは大切だ。
なにかあったとき、結局頼れるのは自分だけなのだから。物語のお姫様のように、自分のピンチに都合よく現れる王子様なんて存在しない。
「君に必要な教師は僕が手配しよう。それから、第一皇子のことだけど……」
第一皇子のオスカー殿下。
この方は乙女ゲームの攻略対象者ではあるけれど、アンドレアス殿下を攻略していないと攻略ルートが開放されないキャラクターだ。
腹黒なアンドレアス殿下とは対称的に、オスカー殿下はいわゆる脳筋である。「俺はバカだからよくわからない!」と豪快に笑うのが印象的な人だ。
基本的に皇位はアンドレアス殿下が継ぐのだけど、オスカー殿下のルートだけは違う。アンドレアス殿下が皇太子になる式典でアンドレアス殿下が何者かに暗殺されてしまい、オスカー殿下が皇位を継がなければならなくなるのだ。
アンドレアス殿下とオスカー殿下は対立関係にあり、それゆえに二人の関係は良くない。というか、一方的にアンドレアス殿下がオスカー殿下を敵視していた気がする。
それに、アンドレアス殿下のルートではオスカー殿下を推す派閥に様々な邪魔をされ、そのせいで大変な目に遭った気が……うろ覚えなのではっきりとは覚えていないのが実に残念だ。
つまり、二人が対立しなければいい。普通の兄弟のような関係性を乙女ゲームが始まる六年後までに築くことができれば、恐らくアンドレアス殿下が暗殺されることはない。むしろ、そうなれば皇帝になりたくないオスカー殿下は全力でアンドレアス殿下を助けてくれるだろう。
つまり、わたしが二人の仲を取り持つことができれば、アンドレアス殿下の暗殺率を下げることができ、なおかつわたしの皇妃への道が一歩前進するわけだ。
「オスカー殿下についてはわたしにお任せください」
「君に? なにか考えが?」
「ふふふ……ご想像にお任せします」
そう笑ったわたしに、アンドレアス殿下はあからさまに不安そうな顔をした。
「……本当に任せて大丈夫?」
「大丈夫です! これでわたしがあなたに相応しい妃となる能力があることを証明してみせますわ!」
オーホッホッホと高笑いをキメる。
アンドレアス殿下がドン引いた顔をしていたことは、記憶から削除しておく。
次の日、わたしは早速行動に移した。
まずはオスカー殿下に近づく! そして兄弟仲良くしましょうと説得するのだ。
そして、オスカー殿下に近づくきっかけを作ってくれるであろう人物に心当たりがある。
「──というわけで、わたしを騎士団の修練所に連れていって、ノア」
「なにが『というわけで』なのか、オレにはサッパリかわからないんスけど……」
この言葉遣いのなっていない男の名はノア。
元々は黒だった髪を脱色させ、金色にしている。しかし、すぼらな性格が髪にも現れ、根元は地毛である黒が見えているプリン頭の男だ。
年齢は二十代前半。わたし付きの護衛。
わたしの護衛に付く前は、皇宮の騎士団に所属しており、そこそこ有能だったらしい。どういう経緯で騎士団を辞めてうちに雇われたのか、詳しくは興味ないので知らない。
だけど、この『元騎士団員』という肩書きは使える。なぜなら、脳筋のオスカー殿下は日中よく騎士団に混じって稽古をしているからだ。
これは乙女ゲームの知識で、オスカー殿下本人がヒロインに語ったことなので間違いない。
ちなみに、脳筋以外のオスカー殿下の情報は覚えていません。
「わたしが皇妃になるためなの! いいから早く連れていきなさいよ!」
「ええっ、お嬢って皇妃様になるスか!?」
「そうよ、わたしは未来の皇妃(予定)! わたしを敬い、崇めるといいわ」
「ひょえー、すげー! お嬢が皇妃様になれば……もしかしてオレ、大出世してお金持ち? 一生豪遊できる?」
「わたしが皇妃になれば、それも叶わぬ夢ではなくなるわ」
ノアの言う大出世ってなにを指すのかよくわからないけれど、とりあえずお金をあげれば彼は満足しそう。単純だから。
「だから、わたしを修練所に連れていきなさい!」
「ウッス! オレ、一生お嬢についていくっス!」
……それってヒモ宣言?