4:チャンスの女神現る
皇子様とお話したあと、少しして冷静になったわたしはとても落ち込んだ。
今日という日をわたしがとても楽しみにしていたことを知っている両親は、落ち込んだわたしを見ていろいろ察したらしく、一生懸命わたしを励ましてくれた。
しかし、両親に励まされたところで過去のわたしの言動を取り消すことはできない……。
終わった。わたしの貴族令嬢人生終わった。わずか十年で人生の終わりを見るとは……儚い人生だったな……。
谷底にダイブするかのごとく落ち込み続けたわたしは、最後に皇子様の言った『またね』は幻聴だと思い込み、三日間ゾンビのように過ごした。
──アンドレアス殿下からお茶の招待があるまでは。
アンドレアス殿下の招待状を受け取り、我が家はお祭り騒ぎとなった。
両親も大喜びで、よくやったと褒めてくれたけれど、招待を受けた本人は呆然としていた。
なんで? どうしてお茶の招待を? あんな失礼なことをしたのに?
まさか……お茶の招待と見せかけて、わたしを暗殺するつもりとか……いやいやいや。さすがに腹黒とはいえそこまでは……しない……よね……?
……冷静になれ、冷静になるんだわたし。
賢いアンドレアス殿下がわざわざお茶に招待してわたしを暗殺するはずがない。そんなことをしたら一番に疑われるのは彼なのだ。皇位を継ぐのに瑕疵になるようなことはしないだろう。仮にわたしを暗殺するとしたら、自分の関与がまったく疑われない状況でやるはずだ。
暗殺はないとすると……考えられるのはなんらかの罠という線。たとえば……公衆の面前でわたしに恥をかかせるとか。
それはありえるかもしれない。軽い憂さ晴らしくらいの感覚で、紅茶をかけられるくらいのことはされるかも……。それくらいならば甘んじて受けるべきだろうな……。
死刑執行を待つ囚人のように皇子様とのお茶の日まで日々を過ごした。
もんもんとしたところで、なるようにしかならない。わたしは半分くらいヤケになっていた。
そして迎えた皇子様とのお茶の日。
わたしの気分は清々しかった。今日を最後に領地に引っ込む覚悟だ。本当は華々しい貴族の生活をもっと楽しみたかったけれど、まあ仕方ない。自分の尻拭いは自分でしないとね。
途中で両親と別れ、一人で皇子様の元へ向かう。
そして着いた皇宮の東屋には皇子様が一人でいた。
もちろん背後には護衛が付いているけれど、距離が遠い。
わたしが挨拶をすると、皇子様の合図でメイドが現れてお茶を注ぎ、そして去っていく。
……あれ? もしかして……なんか人払いさせている?
「あ、あの……アンドレアス殿下、今日はいったい……?」
「僕なりにいろいろ考えてみたんだ」
いろいろってなにを?
そう聞きたいけれど、ここはぐっと堪えて相槌を打つ。
「は、はい」
「その結果、僕たちの利害は一致するんじゃないかという結論に至った」
「えっと……つまり?」
「僕は皇帝になりたいし、君は皇妃になりたい。僕たちの目的はほとんど同じということでしょう? ならば、手を組めばなにかとお互いの利益になる。だから、君を僕の婚約者候補として父上と母上に推すことに決めた」
それはつまり……わたしはまだ皇妃の夢を諦めなくていいということ?
候補っていうのがちょっと気になるけど……。
「僕の妃となる女性は何人か候補がいて、僕が推すことによって君は最有力候補になる。婚約するのはこの人ならば僕の妃に相応しいと父上が認めた場合で、今はいろいろ事情があって婚約はできない」
ああ……そうか。まだ第一皇子と第二皇子どっちが皇位に就くかで揉めているんだった。派閥争いとかの複雑な政治的事情により、どちらの皇子も妃選びは慎重になっているんだ。
「ただ僕の妃となる人には、ある程度の能力が必要だと思っている。今の時点で君は僕に相応しくない」
な、なんですと!?
相応しくないと思っているのに最有力候補に推すってどういうことなの!?
「君は皇妃になりたいと言った。そのために、僕に並べるくらい必死に努力することはできる? 目的のためならば、もちろんできるよね?」
……できないと答えたら、きっと皇妃にはなれない。皇子様はわたしの覚悟を問いているんだ。
皇子様に並べるくらいになるにはきっといろいろ勉強しなくてはならないのだろう。これから先、自由な時間なんてなくなってしまうかも。
皇妃になるために、それにわたしは耐えられるのだろうか。それほどまでに、皇妃になりたいと本当にわたしは思っている?
自問自答を心の中でして──結論が出た。
やっぱり、わたしは皇妃になりたい!
今だけ頑張れば、あとは威張って優雅な生活が送れるのだ。夢に描いた女王様みたいな生活が待っている! そうなればわたしに歯向かう人たちも出てこない! なんて素晴らしいんだ、皇妃という立場は!
チャンスの女神が前髪しかないという。
ならばその前髪、しっかりと掴んでやりましょう!
「もちろん、できます。いえ、できなくてもやります! やらせてください!」
力強くそう言ったわたしに、皇子様は満足げに笑う。
「それでこそ僕が見込んだ人だ。では君のご両親にも話をして、家庭教師を付けよう」
「ありがとうございます」
「今日から君と僕は同じ目標を持つパートナーだ。これからよろしく、レベッカさん」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、アンドレアス殿下」
わたしと殿下は力強く握手をしたのだった。