3:自己PRは大切です
……は? いま、なんて?
なんか、すごい笑顔で毒を吐かれた気がするんだけど……。
「君たちの話って、どうして自分の自慢ばかりなの? それも、親のコネやお金を使っているだけなのに、どうして自分の功績のように鼻高々と話せるの?」
……うわあ。この皇子様、なんか拗らせてるなあ。
きっと今まで会ってきたご令嬢方はみんなそんな感じのことしか話さなかったんだろうな……それで嫌気がさしてわたしに八つ当たり。
完全に喧嘩売ってるよ、これ。
気持ちはわからなくもないけれど、そんなことわたしに八つ当たりされても困る。それに、きっと見知らぬ彼女たちだって必死だったに違いない。
そしてわたしは、売られた喧嘩は買う主義です。
「あの、わたし、まだ名乗っただけのはずなのですけれど、なぜわたしが自慢話をする前提でお話をされているのでしょう?」
「君たちはそういう生き物なんでしょう?」
うわ、生き物って言ったよこの人。
完全に見下されてるな。
「……わたし、思うのですけれど、会う人会う人が似たような話をされるのは、殿下にも原因があるのではないでしょうか」
「……なに?」
ギロリと睨まれ、びくりとする。
ひぃ、怖い……長い物には巻かれろ精神の前世日本人のわたしにはただ恐怖でしかない。
で、でも負けるなわたし。がんばれわたし!
「殿下が上手く話を誘導しないのがいけないと申しました。貴族の娘が皇子であるあなた様に憧れるのは当然のこと。そして気に入ってもらえるように自己アピールするのも当たり前のことです。それのなにがいけませんの? みんな殿下に気に入られるために必死なのです。それくらい、賢い殿下ならおわかりのはずですわよね?」
ニコッと笑って言い切った。
スカッとした! 言いたいこと言うのってやっぱり気分がいい。
「……」
黙り込んだ皇子様に勝ち誇った顔をしたのもつかの間、わたしは我に返った。
……あれ? わたし、やらかしてない? 皇妃になるために皇子様と仲良くなろうと思っていたはずなのに、逆の行動取ってない?
「……ふん。じゃあ、君も自己アピールをすれば? 僕に気に入られたいんでしょう?」
「それはもちろんです! だってわたし、皇妃になりたいのですもの!」
「…………は?」
目を見開く皇子様を見て、わたしはしまった、と慌てた。
皇妃になりたいと高々と宣言する奴がいるか! 確かになりたいけれど、皇子様に言っていいことではないのは確かだ。
「え、えっと……あの……今の発言は……」
間違いです、と言うのも違う気がして口ごもる。
どうしよう。なんて誤魔化そう?
「──皇妃になりたい? 君、本気で言っているの?」
怖い顔をしてそう言う皇子様に、わたしはなんて答えるべきか悩んだ。
悩んで──やっぱり嘘はつけないので、正直に頷いた。これが貴族の娘として正しい行動ではないのだとしても、なんとなく彼に嘘をついてはいけない気がした。
「……はい。わたしは皇妃になりたいです。だからわたしは殿下に選んでいただきたいと思っております」
真っ直ぐに背筋を伸ばして、わたしはそう答えた。
皇子様は少しわたしを見つめたあと、「……そう」と小さく言って、ほんの僅かな時間、下を向いた。
しかしすぐに顔をあげ、意地悪そうな顔をしてわたしに問う。
「僕は第二皇子。それなのに、皇妃になるために僕に選んでほしいの? 兄上ではなく?」
アンドレアス殿下は第二皇子。皇位継承権は第二位となる。順当にいけば、皇位を継ぐのは兄である第一皇子オスカーだ。
だから、皇妃を目指すのならば、第一皇子の妃の座を目指すのが普通だろう。
だけど、わたしは第一皇子よりも第二皇子であるアンドレアス殿下が皇位を継ぐ可能性が高いと思っていたし、そして先ほど思い出した乙女ゲームの知識により、わたしの予測が当たっていたことを知っている。
「恐れながら、わたしはアンドレアス殿下こそが未来の皇帝となる御方だと信じておりますの」
第一皇子は将来、皇位継承権を放棄する。
それにより皇位継承権は繰り上がり、アンドレアス殿下が皇太子となるのだ。
「……へえ? なんでそこまで言いきれるの?」
「第一皇子であるオスカー殿下は政治には不向きな気性だと伺っております。そしてそのことをご本人もよくわかっておられる。いずれアンドレアス殿下に帝位をお譲りになるでしょう」
これは確かな筋の話らしい。
少し前にお父様とお母様がそんな話をしているのをたまたま聞いてしまった。だから、両親とも皇子様の心を射止めるようにと何度もわたしに言い聞かせていたし、その気にさせるようにわたしを煽てたりもしている。
「それに……殿下もそのつもりなのでは?」
これは乙女ゲームの知識だ。
アンドレアス殿下は野心が強い。普段は温厚な人物を装っているけれど、皇帝となるために障害となるものはすべて排除しようとさまざまな策を講じていた。
僕なんてとても皇帝には……なんて謙遜しながら、内心では皇帝になる気満々なのだ。
皇子様はわたしの問いにニコリと微笑んだ。
「……なんのことかな」
惚けたよ、この人。
まあ、そう簡単に答えるわけないか……。
「でも、君の目的はよくわかったつもりだよ」
あ、あれ……? なんか嫌な空気……。
それに皇子様、目が笑ってないんですけど……。
「今日のお茶会はこれでお開きにしよう」
「は、はい……本日はありがとうございました」
皇宮のメイドがお帰りはこちらです、と案内をしてくれる。それに従って歩きながら、先ほどのわたしの発言、このメイドや皇子様の護衛たちにチクられるのでは、という考えに至り、冷や汗が出てきた。
ど、どうしよう……お父様とお母様に怒られる……いや、それくらいで済めばまだ可愛い方かも……。お家取り壊しはさすがにないだろうけれど、お父様や我が家になんらかの罰を受ける可能性もある。
な、なんてことしちゃったの、わたし!
前世の記憶を思い出したばかりのせいか、前世の常識に引きずられてしまっている。これはまずい。前世では罪に取られないようなことでも、今世では罪になることもあるし、そのまた逆も然りだ。
お父様、お母様、不出来な娘でごめんなさい……。
心の中で必死に両親に謝っていると、背後から声がかけられた。
「またね、レベッカさん」
……また?