2:皇子様とご対面
すっかり本調子に戻ったわたしは、皇子様とご対面の日を迎えて気合いを入れていた。
皇妃になるための大事な日。絶対皇子様に気に入ってもらわなくちゃ!
皇子様は十歳になられたばかり。わたしももうすぐ十歳になるから同い年だ。
どうやら将来の妃候補として、同年代の貴族の娘とお茶をする機会を設けているようだ。
つまり、わたしのライバルはたくさんいるということ。
今日で他のライバルたちと差をつけなければならない。少しでも印象に残るように。わたしの可愛さに皇子様が虜になるように。
大丈夫、毎日鏡の前で笑顔の練習をしたもの。ばあやに「可哀想なお嬢様……熱を出したせいで気が触れてしまった……」と嘆かれ、ちょっとした騒動になったけれど、皇子様に気に入られるためだ。多少の犠牲は仕方あるまい。
ばあやにめいっぱいお洒落をしてもらい、お父様とお母様に手を引かれて皇宮へと行く。
ちなみにこの世界の文明レベルは日本で言う文明開化があった感じ。近代に近いけれど、身分制度があって、上流階級・中級階級・労働者階級とはっきり分けられている。
魔法もある世界なので、電気とかの化学技術が全部魔法に置き変わった感じ。服装は基本はワンピースで、公式な場に出る時はドレスを着る。
女性は胸は出してもいいけれど、足を出すのははしたないとされている、そんな世界観。
前世の記憶を持ったわたしでも住みやすい世界だ。スマホやインターネットがないのは不便だけど、まあ、なければなくても平気だ。
娯楽は本があれば十分。歌劇だってあるし、なぜか漫画もあるし。
もっとも、漫画は中級階級から労働者階級向けの娯楽で、わたしの所属する上流階級の者が読むのははしたないとされる。なんて暗黙のルールだ。そんなものビリビリに破いて燃やしてやりたい。
そうだ。わたしが皇妃になったら、そのルールをまず撤廃しよう。よし、決めた!
そんなことを胸に誓っている間に、皇子様が待つ部屋の前に着いた。
皇子様ってどんな人だろう。やっぱりかっこいいのかな? 噂によれば、少女に見紛うほどの美貌だとか。
皇家には太陽神の血が流れていて、そのお陰なのか美形が多い家系だ。太陽神の加護の証である黄金の瞳は赤が混じるほど良いとされ、これから会う皇子様の瞳はそれは綺麗な夕焼けの色をしているらしい。
髪の色は燃えるような赤毛。性格は温厚。魔力も高く、文武両道の優等生。
ミスターパーフェクトな御方だともっぱらの噂だ。まあ、誇張も入っているんだろうけれど、噂は所詮噂だ。実際に会ってみなくてはわからない。
期待に胸を膨らませて部屋に入り、皇子様のお出ましを待った。
そして、皇子様がお見えになる。
わたしはお父様とお母様に倣って頭を下げる。
まずは皇子様からお声がかかり、定例文みたいな長いあいさつを交わし、やっとわたしを紹介してもらえた。
「アンドレアス殿下、こちらが我が娘、レベッカです」
「はじめまして、アンドレアス殿下。レベッカでございます」
頭のてっぺんから足のつま先まで神経を張り巡らせ、優雅に一礼をする。
第一印象は大事だ。ここでの小さなミスがのちのちに響くことだって考えられる。ここは完璧に決めなくてはならない。
わたしの実感としてはよくできたと思う。
皇子様も「おお、なんて美しい一礼なんだ。彼女はさぞかし素晴らしい人に違いない。よし、私の妃にしよう」と思ったはずだ。
……一礼だけではさすがに後半のセリフはないか……。
「はじめまして、レベッカさん。会えて嬉しいよ」
うっ、さすが皇子様。歯の浮くようなセリフでさえ、心地よい音楽のように聞こえる……!
顔をあげてもいいと許しをもらえたので、わたしは顔をあげて恥じらうフリをして皇子様の顔を見た。
そして雷のような衝撃を受けた。
彼の顔は見覚えがある……少し幼いけれど、前世でやった乙女ゲームの攻略対象者の顔だ。間違いない。
確かタイトルは「ひまわりの君へ捧ぐ」とか、そんな感じだったはず。太陽神を崇める国に生まれた下級貴族の外腹の子である主人公が、攻略対象者たちと出会って国を救い救世主となる話だった。
『ひまわり』はこの国では太陽に愛された花として馴染み深く、国花ともなっている。そんな不遇にもめげず、ひまわりのように明るく、まっすぐな主人公に出会った攻略対象者は彼女に惹かれ、やがては国の存亡に関わる騒動に巻き込まれていくのだ。
うーん、やったなあ、そんなゲーム。
おおまかな内容は覚えているけれど、詳しい内容はさっぱり覚えていない。おかしいな……よくある異世界転生モノはゲームの詳細を覚えているものなのに。
だけど、一つだけはっきり覚えていることがある。
あのゲームにはお邪魔虫的なキャラクターが登場する。よくいう悪役令嬢ってやつだ。
しかし、この悪役令嬢はプレイヤーから親しまれていた。なぜなら、なにもわからない主人公に一から懇切丁寧に説明してくれるからだ。
「そんなこともご存じありませんの?」とマウントを取りつつ、なんだかんだ言いつつもわかりやすく教えてくれる、親切なのか意地悪をしたいのかよくわからないキャラだ。しかも、わからなかったら何度でも説明してくれる。
プレイヤーからは「セツコ」と呼ばれて親しまれていた。「セツコ」とは『説明してくれる子』の意である。そのままだな。
そのセツコこと、レベッカ・キャンベルが今のわたしなのだ。
そして、今わたしの目の前にいるアンドレアス皇子はそのゲームの攻略対象者。ゲーム上でセツコが憧れていた人物だ。
性格は確か、温厚でソツのない人物──だけど、腹に一物抱えた人だと描かれていたような。いわゆる腹黒キャラ枠だったかな。結構好きなキャラだったはずなんだけど……よく覚えていないんだよあ……。
衝撃でそんなことを考えている間に、お父様とお母様の姿はなく、わたしは皇子様と向かい合っていた。
え? これどういう状況?
いや、惚けている場合じゃない。皇子様が攻略対象者だからといって、わたしの皇妃への道が途絶えたわけではない。
悪役令嬢だけど、わたしは主人公に意地悪するようなことはないはずだから、おまえは皇妃に相応しくないなどと言われることもないはずだ。
皇子様に気に入られないと。今は乙女ゲームのことは忘れよう。そんなのはあとで考えればいい。今は皇子様のことだけを考えるのだ!
よし、と気合いを入れ直したわたしに、皇子様はこうおっしゃった。
「──それで? 君はどんな自慢話を僕にしてくれるの?」