お姫様
寒さが肌に刺さる夜。私は透明な美しさを持つ女性に会った。
「ねえ、そこの君。あそこにある花、とってきてくれない?」
その女性は笛を思わせるような声で話しかけてきた。
「何故、自分で取らないのですか?」
「私はお姫様だもん。」
「どこの国の?」
「この国の。」
彼女は危ない人のようだ。顔に惹かれて気付かなかったが、こんな寒い夜の中一人でいるし、服装も見てるこっちが凍えそうなドレスを着ていた。
私はできるだけ彼女と話したくなかったので、彼女の要求を呑むことにした。
「早くとってきてよ。」
「花の種類は何ですか?」
「百合。」
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2時間程探したが、百合の花は見つからなかった。家に帰ってから調べると、この季節には百合は咲かないらしい。
夜も遅く、百合の花も見つからなかったので、私は彼女に家に帰りたいと話した。
「そう、見つからなかったのね。じゃあ、貴女の大切なものを貰おうかな。」
「嫌です。あなたと話すのも。」
「じゃあこうする。私が貴女の願いを叶えてあげてから、貰う。」
そういうと彼女は私の胸を触ってきた。
「ひゃ!?」
冷たくて熱い感触が私の胸の中に入り込み、その感触が心臓の部分に近づくにつれて意識の力が抜けていく。
その感触が心臓の部分に到達したとき、体を凍らせたように動かなくなった。
「私はね、どうやら君に恋をしてしまったらしい。だから、君の願いを叶えたら――ふふっ。」
彼女はおぞましい内容の言葉の後に魅力的な、それこそ彼女のものになるのに抵抗がなくなるような笑顔をした。――今、彼女の手によって私の体は動かなくなっているというのに。
彼女は色艶のある言い方で、駄目か、と言うとある一つの提案をしてきた。
「貴女の大切な人を生き返らせてあげるよ。」
「――え?」
生き返らせる。その夢の側の言葉が、彼女の口によって現の側へ紡がれる。
「貴女にはいないの?大切な人。」
いる。というより、いた。彼女に問いかけられるまで忘れていた。
――どうして今まで忘れていられたのだろう。私の純粋な醜い願いに殺された子。
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あれは、珍しく冬の爽やかさが残る初夏だったと思う。確か私は山へ幼馴染の子と冒険に行っていた。初めての山はRPGのダンジョンみたいでそこらじゅうに宝物が落ちていたし、色んな生き物がいた。
幼馴染は自分が年上だ、ということで私を導いてくれた。 気分はお姫さま。
幼馴染と一緒に宝物を探した。 対岸に宝箱を見つけた。
幼馴染は宝箱を取りに行った。 ――宝箱はミミックだった。
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頭がぼうとする。
「――ねえ、叶えてよ。」
「突然だね。」
「私が殺した子を生き返らせて」
「おや?随分と悲惨な思いをしているのね。」
「早く!」
暗い夜のせいか彼女の姿はまるで何かから逃げるようであった。けれど、何故か彼女の瞳は少女のように輝いていた。
「わかった。それじゃあ貴女の大切な物をもらうよ。」
瞬間彼女の手が動いて、心臓を取っていった。
「ああ……!やっとだ……!やっと生き返れる!」
彼女はなにを言っているのだろう?生き返るのは彼女ではないはずだ。
「貴女には感謝をしなくては。――ありがとう。」
彼女は深々と、王女を思わせる動きで感謝の意を表してきた。だが、それより大事な事を彼女はしていなかった。
「わ……たしの願い……早く。」
「そうだったわね。ちゃんと生き返らせるわ。」
彼女はそう言って私の心臓に口付けをする。口付けされた心臓は鼓動を始め、周りに肉が纏わり付きそれが作る形は――――――――私と一緒にいた時の幼馴染だった。
私の願いは叶った。それを実感すると力が抜けていく。いや、心臓が抜かれたのだ、これが正しい反応だろう。
――私は死んでいない。それどころか呼吸だってできるし、視界も鮮やかになっていく。
「言い忘れていたけど、貴女はここで私と同じように誰かの願いと引き換えに体を貰わない限り永遠にその状態よ。」
「あの子が大丈夫なら、問題ないわ。」
やっと、私の中にあったわだかまりが消える。私は幽霊になってしまったけど、自分自身を生きていいと肯定できる。
――
――
――
――
――幼馴染の成長が止まる。あの日と同じぐらいに。
「ああ……また、私のせいで……死んでしまう。」