003
「だからな……、クラリスの気持ちは嬉しいんだが、正面から向かい合うことは、今の俺にはできないんだ」
「……」
「すまない」
「……」
「……」
こんなどうしようもないおっさんより、クラリスはもっと良い男が見つかるだろう……。
「……ふふっ、うふふっ」
無言から、急に笑いだしたクラリス。その声にハッと、クラリスの方を見つめる。
「ど、どうした?」
「う、ううん。ごめんなさい、そんなことだったんだなって思ってね。なんで構ってくれないのかなって……、嫌われてるのかなって思ってたから……ちょっと安心したの」
「こんな可愛い美少女を嫌いになるわけないだろ?」
「えへへ、ありがとっ……。そっかそっか…………うんうん……」
目を閉じたまま、一人で頷くクラリス。
「どうした?」
「えへへ……こうして、私が近くに居る間に、ビオリスの気持ちが揺れるかなって……」
「それは――――ん……」
否定しようと動かした唇をクラリスの細い指で押さえられた。
「先は長いんだから、無いとは言い切れないじゃない?」
これまた可愛い顔にイタズラな笑みを浮かべて……。
「えへへ、ビオリスから、私に求愛したくなるように頑張るからね」
「そ、そんなこと……」
「んじゃ、準備ができたらダンジョンに行こ?」
「……」
クラリスが俺に有無を言わさないように話題をすり替えられる。
俺は言いたいこともあったが、
「そう、だな」
と、クラリスの意見に賛同した。
「分かった!」
嬉しそうな笑みを浮かべてクラリスが立ち上がる。
「よーし、頑張るぞぉ……!」
やる気に満ち溢れたクラリスの瞳が、窓から差し込む光によって照らされた。
「……」
若ければ……、クラリスと最初に出会った時にパーティを組んでいれば、俺はクラリスと付き合っていたのかもしれない……なんてな……。
たらればの話なんてしても仕方がないか。
「どっこいしょっと……」
俺はソファの上で座り、体の筋肉を伸ばした。
昨日よりはだいぶ楽に動かせるようだ。
「ねぇ、ビオリス」
「どうした?」
「その人は、ビオリスのことをなんて呼んでいたの?」
「ん……、そのままビオリスって呼んでいたぞ?」
「ふーん、そっか……」
クラリスが顎に手を添えて考えだす。
シャツにパンティだけの姿なので、できることなら早く着替えて頂きたい……。
「んじゃ、私はシュヴァルツって呼ぶことにするわね」
確かに、ギルドでの登録上、俺の名前はシュヴァルツになってはいるが……。
「いや、別にビオリスのままでもいいぞ?」
「ダメよっ」
「なんでだ……」
「だって、もしビオリスが私のことを好きになったら、その呼び方だと、昔の人を思い出しちゃうかもしれないでしょ?」
「なぜそうなる……」
仮にクラリスのことを好きになったのなら、別に名前を呼ばれたくらいで、あいつのことを思い出したりなんかしないと思うが……。
「まぁ、名前はクラリスが呼びやすいようにビオリスでもなんでも――――」
「とにかくっ、私はこれからシュヴァルツって呼ぶことにしたから。これは決定なのっ」
ムスッと拗ねたように言い放つクラリス。
これは何を言ったところで聞く耳を持たなさそうだ……。
「……あぁもう、好きなように呼んでくれ。別に名前なんてどうでもいいさ」
「なら、そうさせてもらうわ。えへへっ……♡」
キラキラ輝く笑顔。
その純粋な感情が、曇った俺には眩しかった。
「よろしくね、シュヴァルツ!」
クラリスから差し出された手。パーティを組んだ時の握手とは違い、これはまた別の意味を含めた握手になる気がする。
俺の話を聞いた上で、クラリスはまっすぐこちらを見つめている。
俺はといえば、右往左往したまま……。
半端者の俺がクラリスとパーティを組むこと自体が……、こんな美少女に誘われること自体が、随分とおこがましいことなのかもしれないが……。
「……こんなどうしようもない俺だが、こちらこそよろしく頼むわ」
「こちらこそ!」
クラリスと握手を交わす。
クラリスはまっすぐ突き進み、俺はといえば昔の女を引きずったまま、過去に留まっている……。
どこかで、踏ん切りはつけなきゃいけないのは分かっている。けれど、どうにも男ってのはどうしようもねぇ野郎で……。頭の隅に、惚れた女の姿を、しっかりと残してしまう面倒な生き物だ……。
俺がクラリスの想いに応えてやれる自信はない……。だが、その代わり、俺は俺で、クラリスが幸せになれるように尽力するとしよう――――――




