002
「俺は、クラリスとは…………」
「こ、ここまでするのだって、本当は恥ずかしくて仕方ないんだからっ……」
「恥ずかしいなら無理しなくても……」
「だ、だって、こうまでしないと、ずっと子ども扱いするでしょ……?」
「あのなぁ…………っ!」
クラリスの腕が震えていることに気が付き、俺はとりあえず、クラリスの胸が見えてしまわないように、ずれているシャツを正した。
「なぁクラリス、たった一度助けた俺のことを、どうしてそこまで慕ってくれるんだ?」
「そんなの、私にだって分からないよ……。でも、あの時からずっと、この人とならって考えてて……、助けてもらったのも初めてだったから……、ずっと頭から消えないんだもん…………」
言い終えたクラリスが唇を噛みしめる。
このタイミングで目に涙を浮かべるのは反則だろう……。
「一目惚れしちゃったんだから……仕方ないじゃない……」
「一目惚れ、か……」
「そう、一目惚れよっ……」
金髪美少女であるクラリスから好かれるなんて、俺としては光栄なことだ。
嫌われ者の種族だろうが、卑下される種族だろうが、クラリス自身が美少女ならなにも問題ない。
可愛い上に、性格は不器用なりにも優しい子だ。それに加えて性への欲求が強いのは、男として文句の一つも出ない。満点ですら足りないくらいの完璧さだ。
俺に思う所がなければ、こんな申し出は即刻「分かった」と、二つ返事するものだ。
「…………」
……だが、俺にも、クラリスと同じように忘れられない奴が居る。
裏ギルドの連中と戦った時、そのまま行方不明になった仲間……。想いを告げられないまま、消えた初恋の相手……。
彼女は龍人の種族で、その勇ましい姿に、若い時の俺は一目惚れした。
男勝りな短い赤髪に、スラッとした体つき。胸は慎ましやかなサイズだったが、そこがまた良かった。
頭から伸びる凛々しく赤い二本の角もまた、彼女の良さを引き立たせていた。
弱い種族である人間の俺は、そんな彼女に一目惚れだった。
…………クラリスも俺も、純粋だからこそ、一目惚れってのは起こりやすいのかもしれないな……。
「なぁ、クラリス」
「な、なに……?」
「俺は人間で、中身はおっさんだ。可愛い美少女に言い寄られるような、素敵な男じゃない」
「今は若いし……それに、その辺の男なんかより、とっても素敵だもの……」
「中身はおっさんだぞ?」
「経験が多いに越したことはないでしょ?」
「おっさんはエロいぞ? 特に独り身の男なんてのは、いつ女性に襲いかかるか分かったもんじゃないんだぞ?」
「べ、別にいいわよ。私だって、そういうのに、興味がないわけじゃ、ない……し……」
くっ……少女の見た目でも、やはりそっちに興味はあるのか……。
まだなにも経験のないクラリスと……そんなことを……。
「今、ビオリスが襲ってきても、私は抵抗しないよ……?」
今の状況や見た目的には、俺が襲われる側なんだけどな。
「まぁ……嬉しいこと言ってくれるぜまったく……」
…………ここまで言われちゃ、理由も語らずに断ったら、男としてダメだよなぁ……。
「い、いつでもいいんだからねっ……心の準備はできて――――」
「……まぁ、落ち着け」
「んんっ⁉」
俺はクラリスの頭に手を添えて、優しく抱き締めた。
「――――えっ、えっ⁉」
「……クラリスは、暖かいな」
「あ、あわわっ! ビ、ビオリス⁉」
「まあ、聞いてくれ。ダメな男の……しょうもない話で申し訳ないがな……」
「ん……?」
クラリスが視線をこちらへと向け、俺は天井を見つめた。
「俺は半端者でな……、未だに、前のパーティに居た女のことが頭から離れないんだよ」
「それって……裏ギルドと戦闘した時のこと……?」
「ああ……。情けない話、死んだ……いや、行方不明になったあいつが、どこかで生きてるんじゃないかってな……。そのまま、今でもずっと片想いさ……」
「ビオリスが好きな人、か……」
終わらない冒険者の生活に、永遠の片想い……。
惰性でもダンジョンに向かうのは、どこかで会えるかもしれないなんていうつまらない考えも混じっていた。
人探しも、俺の人生も、ダンジョンの中で埋もれてしまった。
それはもう、引退するという選択肢を失くすほどに……、俺はダンジョンに微かな希望を抱き続けている……。




