005
「よし、それでいこう」
「痛いけど大丈夫……?」
「口を少し切るくらい、今までに比べればなんてことはないさ」
今までの冒険者として生きてきた過去や、この一週間を一方的にクラリスに打ち負かされたことに比べれば、本当に些細なことでしかない。
「分かった。んじゃ、そこに座ってくれるかしら」
「はいよ」
俺は口を切るためのナイフを取り出し、クラリスの前で地面に腰を下ろした。
「舌を軽く切れば問題ないか?」
「ええ、それで大丈夫よ」
「了解だ」
ナイフの刃を口の中に入れて、舌の上へ押し当てる。
そのまま、取り出すように舌の上を滑らせると、口の中に血の味が広がった。
「ん……」
口を開けると血が漏れそうなので、口を閉じたままクラリスへと合図を送る。
「んじゃ、私も」
今度はクラリスが自分の親指を、尖った牙に突き立てた。
ガリッ……。
牙の食い込んだ親指から、クラリスの鮮血がぽたぽたと垂れていく。
「はい、これを咥えて私の血をそのまま吸ってみて」
ん……、これってクラリスとの間接キスでは――――――
「んっ……!」
問答無用の待ったなしで、クラリスの親指が俺の口の中へ……。
クラリスの血は、俺の血よりも少し甘く感じる。
「そのまま、切った傷口に私の指を当てて血を吸って」
言われた通り、俺は舌を這わせてクラリスの血を吸いだした。
舌の上を、クラリスの血が流れてくる。
「んっ……その調子よ…………」
ダンジョン内、人気のない所で少女の指に吸い付いている俺……。
「ふふっ、上手よ……」
前屈みのクラリスが、片手で髪をかき上げつつ、こちらへと微笑む。
少し頬が赤くなっているクラリスの表情に、なんとも言えない背徳感が……。
それとともに、口の中に血の海が広がり続ける。
「口に含んだまま飲み込まずに、貴方の血と混ぜるようにしてみて?」
混ぜるようにって言われても、指を突っ込まれたままだと舌を動かすしか……。
「ひゃぅ……んんっ……!」
混ぜようと動かすたびに、目の前でクラリスが嬌声をあげる。
「あっ……んっ……」
なんだこれは……。こういうプレイな――――――
「んッ……!」
首筋から脳天に向かって、雷のような衝撃が走った。
驚いたせいで、口の中に溜めていた血が喉を一気に駆け下りていく。
「ゴホッ……ゴホッ……!」
血なまぐさい香りと、甘い香りが混じったような匂いに思わずむせ返る。
「だ、大丈夫⁉」
「…………あ、ああ」
血が流れていった体の中が熱い……。
食道から内臓が焼かれていくような感覚……。
「うっ……ぐっ……!」
座っていられず、俺はその場に倒れ込んだ。
口の中もまだ血が残って…………――――――ッ⁉
…………俺の血が甘い?
「クラ、リス……これ、大丈夫、なのか……」
焼けるような感覚と甘い香りの広がる口に、意識が持っていかれる……。
「大丈夫よ、体に馴染んでくれば収まるから」
「そ、そんなこと……」
「心配しないで、今はそのまま寝てちょうだい」
いつもとは反対に、クラリスに頭を撫でられる。
熱さに甘味に、遠ざかる意識……。
撫でられるのって、思ったよりも安心するの、か――――――――




