003
「よし、クラリス、もう一回頼む」
壁にもたれて小休憩していたクラリスが、なにか言いたげにこちらを見つめる。
「どうした?」
「いや、その、ビオリスは魔法は使わないの? 魔法を使いながら戦えば、もう少し……」
ああ、そういえば……。
「クラリスは俺の魔法を知らないのか」
「ん?」
「あんまり使いたくないんだが……」
パーティとして組むなら、クラリスには見せておくべきだよな……。
俺は並んだポーションの空き瓶に片手を向ける。
「水を満たせ、アクアージ」
飲み干したポーションの空き瓶に、次から次へと水がたまっていく。
「へぇー、氷じゃなくて水なの?」
見慣れない属性に、クラリスの目が輝いている。
「ああ」
「ん……これはつまり、水属性……?」
「そう、氷じゃなく水……。炎みたいに焼くことも、風のように切ることも、土のように硬くなることも、雷のように痺れさせることも、氷のように貫くことも出来ない……。ただの水さ」
利点としては相手を溺れさせることができるが、褒められた戦い方じゃないからな……。
「ビオリス、もしかして……」
「……?」
「ゴーレム討伐の時、裏ギルドの冒険者たちを変わった魔法で倒した冒険者って……」
「まぁ、多分、俺……だろうな……」
当時、仲間を殺されてカッとなった俺は、裏ギルドの連中の一部を、水の魔法で溺死させた。
それはサラマンダーと同じように、人の頭部に水をまとわせたあと、死ぬまでその場でもがき苦しむしかない最低最悪な殺し方……。
クレスやキングは「助かった」と声をかけてくれたが、一部の冒険者たちには怖がられた。
「……なら、私なんかよりもよっぽど強いんじゃないの?」
「俺の魔法は対人戦か呼吸をするモンスターに対しては強い。だが、基礎体力は人間でしかないんだ。唱える前に近接に持ち込まれたらどうしようもない」
バーサーカーやアマゾネスのような筋力もなければ、エルフのような魔法に特化できるわけでもない。
獣人のような俊敏性なんか真似できないし、ヴァンパイアやサキュバスのような能力もない。
だからこそ、こうしてクラリスに鍛えてもらおうとしているんだが……。今にして思えば、こんなんでよくもまぁ、何十年も生きてこられたもんだ……。
「なにか、手っ取り早く強くなれればいいんだけどな……」
そんな、美味い話があるわけ――――――
「なら、私の血を分ける?」
「……ん?」
「うん?」
俺の疑問符に合わせて、クラリスが頭を傾ける。
いや、素直な疑問の表情は可愛いんだが……。
「クラリスの血を分けるってどういうことだ?」
「えっと、ヴァンパイアはね、身体能力が高いわけじゃないの。身体中に巡る血液が、細かな血管や内蔵を守ってくれている……そんなイメージかな」
なるほど……よく分からん……。
「……つまり、どういうことだ?」
「簡単に言うと、ビオリスの血に私の血を混ぜて、肉体的に強化しましょうって話」
血を混ぜる……?
「私の血をビオリスの血に混ぜれば、今よりも強くなれるわ」
「それって、俺がヴァンパイアになるってことじゃないのか?」
俺がクラリスの血と混じれば、それは『パーティ』というより、『眷族』なのではないだろうかという疑問も浮かぶ。
「えっとね、『ヴァンパイアに噛まれたらその人もヴァンパイアになる』なんて言う人が居るけど、血が混じってないのになるわけないの。それに、少しの量では、そう簡単に種族は変わらないわ」
「噛むだけでヴァンパイアになるって……、そんなこと言われたら、すでに俺はヴァンパイアじゃないか」
「でしょ? でも、ビオリスは人間のままよ。ヴァンパイアの特徴である牙も赤い瞳もないでしょ?」
「まぁ、そうだな」
そんなことでヴァンパイアの種族が増えるなら、獣人だろうが人間だろうが、全部がヴァンパイアになってしまう。
ヴァンパイアやサキュバスの種族が嫌いな奴らが、適当にでっち上げた虚言なんだろう。




