002
距離を詰めてくるクラリスから、俺は間合いに入らないようにステップを刻む。
武器なしの格闘のみだと、どうにもやりにくい……。
自分がいかに道具に頼って生き延びてきたのかを、改めて思い知らされる。
「――――避けているだけだと張り合いがないわよっ」
「あんまり無茶言うなよ……っと……!」
クラリスとの近接格闘は、一方的に防戦になってしまう。
女の子だから殴れないとかではなく、舐めていたわけでも手を抜いたわけでもない。
なのに、クラリスの攻撃をかわすことにしか専念できない……そうせざるをえない……。
「っ……!」
頬を掠めるクラリスの拳……、本気の蹴りを紙一重で回避する。
クラリスの攻撃が当たれば、打撲に青あざ、最悪の場合だと骨が折れた日もあった。
「くっ……!」
クラリスの拳をバックステップで回避すれば、手が届かない距離を踏み込んだ脚撃が飛んでくる。
これは避けきれないっ……。
「ぐぉっ……!」
腹部に鈍痛が響き走る。
クラリスに「本気で頼む」なんて言うんじゃなかったな……。
「遅いわ」
「――――ッ!」
一瞬、俺が目を閉じた隙に、素早く横へと踏み出したクラリス。
その速度に、ダメージを負った体がついていけるわけもなく――――
「うぉっ……!」
痛みや自分の情けなさに集中力が切れてしまい――――――
背後からの回し蹴りをモロに受けた。
後頭部に直撃した衝撃で反転していく体。
視界がくらくらするも、ふわりと浮いたスカートの中身が目に映った。
今日はピンク色か……――――――
「痛っ……」
煩悩に切り替わった体が、どさりと地面へ倒れ落ちた。
薄茶一色の岩の天井。
はぁ……。
クラリスにまったく勝てる気がしない……。
「ご、ごめんなさい……大丈夫……?」
となりでしゃがみ込むクラリスが、心配そうにこちらを見つめていた。
細い足首から綺麗な肌が見える。
「……」
見えそうで見えないというのは、どうしてこうも視線が向いてしまうのだろうか……。
「ビオリス?」
「あ、ああ……これくらい平気だ…………っ!」
立ち上がろうとすると、同時に襲ってくる立ち眩み……。
これじゃ、まるで年寄りだな……。
「全然ダメだな……」
「そんなことないわよ?」
「いや、これじゃダメなんだ」
こんなんじゃ、ハルギに勝てない。
ハルギが打ち負かした盗賊のリーダーにすら、今の俺じゃ……。
筋力トレーニングも続けてはいるものの、一日や二日でどうにかなるもんじゃない。
「どうすればいいもんかねぇ……」
「動きはいいけど、力と速さが追いついていないわね。あとは私の攻撃に耐えられるだけの防御力もね」
相手はAAA冒険者のクラリス……。
力と速さ、防御力なんて言われるとなにも言えない。
「ははっ、手厳しいねぇ……」
ようやく立ち上がれたが、頭がくらくらする。
「ごめんなさい……、誰かとこうしてトレーニングすることなんてなかったから……。力加減が分からなくて……」
「いやいや、手加減なしの方がありがたいよ」
「ほんと……?」
「ああ」
俺は落ち込むクラリスに返事をし、岩壁に置かれた荷物からポーションを取り出した。
クラリスに手加減されていたとしても、攻撃に転じることもできていなかった気がする。
今のまま……手加減がない方が、自分を悲観しなくて済むってもんだ。
「……ほんとに大丈夫?」
「ああ、これくらいどうってことはないさ」
手に取ったポーションを一気に飲み干す。
「……っはぁ」
荷物の隣には、この一週間で空になったポーションの空き瓶が並んでいた。
これで四十五本目……、俺の実年齢と並ぼうとしている。
特訓をしながらモンスターを狩って、素材を売って道具を買う。
宿屋で休んで、もう一度……、この繰り返し。
回復ポーションを第五階層のペンタグラムで買うと、エアリエルの町よりも値段が高い。
二倍とまでは言わないが、冒険者の足元を見た値段設定の店が多い。
だが、強くなるためには金を惜しんでいる余裕はない。
幸い、七階層で大型のベアウルフやイワトカゲを狩りながら、その素材を売ってポーションを購入。宿代や飲食費、道具を買い足した分を差し引いても、少しは金が残る計算だ。
空になった瓶を並べてと……。




