005
「マリア、どうしたんだ?」
「あ、あの……さっき、貴方のことをビオリスって言ってませんでしたか……?」
初対面かのように遠慮がちに問いかけてくるマリア。
「ああ、俺がビオリスだぞ」
「へ……?」
「ん?」
「え、あの……で、でも、私が知ってるビオリスはおじさんで……」
マリアが戸惑いながら俺の顔を見つめる。
「元気がないみたいだが、この間の酒代がそんなに響いたのか?」
「え……なんで……」
「そんなに落ち込むと思ってなかったからな……、今日ついでに払って帰るから元気出せよ」
「さ、酒代って……なんでそのことを……?」
うーん、信じてもらうにはまだ証拠が足りないか……。
ならば、これしかないな……。
「マリア、ちょっとしゃがんでみ」
「え、な、なんですか……?」
「いいからいいから」
「え、えっと……わ、分かりました……」
膝に手を当てて、こちらを覗き込むように見つめてくるマリア。
しゃがんでくれと言ったんだが……、この態勢は胸元が強調されるので良しとしよう。
加えて、マリアの心配そうな瞳に上目遣いなのが、男には効果抜群だ。……じゃなくて、今はそれよりも。
「ほら、これでどうだ」
「あっ……ちょっと……急にそんな、撫でないでっ……んっ……耳さわっちゃ、ダメッ……いやんっ……」
酒場で鍛えた俺の『撫でる』は、その辺の奴とは格が違う。
いかに相手が心地よくなり、安心させられるか。これが上手に撫でるコツだ。
「あっ……ひぅっ……!」
日頃の成果か、マリアは嫌がりつつも、手を払いのけようとしない。
「どうだ、これで俺がビオリスだって分かるか?」
「わ、分かった……分かったから……もうやめっ……ひゃうっ……!」
「ビオリス! その子ばっかりズルい!」
「ズルい?」
「あ、いや……ズルいじゃなくて……そろそろやめてあげないと……仕事にならないわよ……」
あ、そうか……。仕事中だったな……。
「マリアすまん、大丈夫か?」
「はぁ……はぁっ……んはっ……」
力の抜けたマリアが四つん這いの状態になり、赤く染まった頬と荒い吐息が漏れている。
これをする為に、この店に来ていると言っても過言じゃない。
歓楽街で遊べない分、マリアの可愛い姿で我慢だ。
しばらくの間、マリアが回復するのを待つ。
「落ち着いたか?」
「ちょ、ちょっと待ってて……!」
落ち着いたマリアが、急いで店主に話をしに向かっていった。
「むぅ……、あの子ばっかりズルいわ……」
「あいつを撫でるのが、おっさんだった時の俺の日課なんだよ」
「に、日課……⁉」
「ああ」
マリアが働き始めた頃には、俺もここに通っていたからな。
最初はおどおどしていたのに、今ではすっかり酒場の看板娘が板についちまって……。
成長が見れて嬉しいような悲しいような……。
「わ、私でも別にしてくれていいのに…………って、あれ?」
「どうしたんだ?」
「あの子が話してる男って、もしかしてチェンじゃない?」
「ああ、チェンも冒険者を引退して、今ではここの店主さ」
「へー、あいつも引退してたのね……」
酒場の店主チェン・クーベルは、元上級冒険者であり、ゴーレム討伐に加わっていた一人。
あいつとパーティを組んだことはないが、ダンジョンですれ違った時の雰囲気は、確かにプレッシャーを感じるものがあった。
ゴーレム討伐の時、裏ギルドのメンバーに片目をやられてそのまま引退。こうして、冒険者に酒と料理を提供している。
白髪のロン毛に若い見た目は若い娘に人気で、その赤い瞳は――――――
「あ、そういえばチェンもヴァンパイアだったか」
「え、ええ……そうね……」
「同じなのに、あんまり嬉しくないのか?」
「だって……、あいつロリコンだもの……」
嫌な思い出があるのか、クラリスの表情が強張っている。
っていうか、なんだその情報……。
「ロリコンって……そんな……」
辺りを見渡してみる。
酒場で働いている給仕服姿の獣人やエルフたち。
「そう言われると、若くて身長の低い娘が多いな……」
「あの子も気をつけないと、チェンに食べられちゃうわよ?」
「なんだと……」
いや、でも、そんなことをしたら他の冒険者が黙っていないような……。
「……す、すみません! お待たせしました!」
「ふんっ……」
「いや、別に構わないさ」
クラリスと話をしているうちに、マリアがこっちに戻ってきた。
知り合いが久しぶりに来てくれたからと、少しの間だけ休憩をもらったらしい。
「……」
チェンがこちらを一瞥し、厨房の方へと入っていく。
話したことはないが、チェンはいつも素っ気ない。




