002
「どうした?」
「クレスの話も長くてお腹すいちゃった。ご飯にしない?」
クラリスのご飯……。
掴まれた俺の服……。
クラリスにとってのご飯とはつまり……。
「いや、さすがに町の中ではマズいだろ……」
血を吸うにしても、どこか人目に付かないところでやらないと……。
俺は辺りを見回して人影のない場所を――――
「ち、違うわよ! 普通にご飯を食べましょってことよっ!」
「……普通にご飯?」
ヴァンパイアやサキュバスのご飯って、血液や性的なものじゃないのか……?
「今、とても失礼なこと考えてないかしら……?」
「い、いや、てっきり血を吸われるかと思っただけさ……」
「もぅ……私だってご飯くらい食べるわよ……」
クラリスがむぅっと頬を膨らませて拗ねていた。
俺よりも年上なんだが、反応が子どもっぽいからなぁ……。
子どもというか妹というか……まぁ、可愛いから構わないが。
「悪かったな。でも、普通の飯って食べられるのか?」
頭を撫でてクラリスの機嫌をとりつつ……。
「え、えへへ……力を使わないなら、普通の食事でも十分なの。血の能力を使ったら、補充はしないといけないけどね」
「へぇ、そうだったのか」
ヴァンパイア自体、なかなか居ないからな……、どういう生活を送っているかなんて知らなかった。
クラリスには失礼な態度をとってしまったな……。
よし。
ここは、助けてくれたお礼も兼ねて――――――
「飯にするか」
「うんっ! えへへっ……」
クラリスが笑顔で返事をすると、勢いよく腕に抱きついてきた。
太陽のような明るい微笑み。
守ってやりたい笑顔だが、守らなくても強いからな……。
むしろ守られてしまったのは、男として不甲斐ない……。
「……さて、そうと決まれば久しぶりにあそこだな」
「あそこ?」
「ああ、行きつけの店なんだ……が、勝手に決めても大丈夫か?」
「ビオリスの行きつけの店ならどこでも」
「……」
にぱっと笑うクラリスが微笑ましい……。だが……。
懐かれていて嬉しいかぎりなんだが、一回だけ助けた俺にこの様子……。
将来、悪い男に連れていかれないか心配でしかたがない……。
「ビオリス?」
「あ、ああ、行こうか」
距離の近いクラリスをそっと離しつつ、俺はマリアの居る酒場へと足を運んだ。
俺の家とギルドの間にある分、帰り道に寄って酒を飲むのが日課だったのにな……。今となっては酒はお預け、歓楽街もお預け……。
「……」
「ふふふーん♪」
しかし、今の俺の隣には冒険者としても女の子としても、AAAランクの金髪美少女が居る。
「えへへ……♡」
理性が耐えられるかどうか不安……――――――
「えへへっ、誰かとご飯だなんて久しぶりだなー♪」
だと思ったが、やっぱり子どもだな。
クラリスの相手をしているうちに、酒場へと到着。
木で作られた両開きの扉を開けると、ちょうど目の前に看板娘のマリアを発見した。
「よっ」
「い、いらっしゃいませ……お二人ですか……?」
いつものマリアなら、「もー、今日はちゃんと払ってもらうからね」くらいなのに……。
あのマリアが冷たいだと……。
「……」
マリアの茶髪の間から見えるケモ耳が垂れている。
あのマリアが珍しく元気がない……?
「あの、お二人ですか……?」
「あ、ああ、二人だ」
「んじゃ、適当に座ってください……。注文が決まったら呼んでくれればいいので……」
とぼとぼと、耳が垂れた状態で歩いていくマリア。
あの元気に酒場を駆け回っていたイメージのマリアが、どういうことか落ち込んでいる。
俺が飲んだ分の酒代がそんなに響いたんだろうか……。
「あの子、態度がなってないわね」
席に座りながら、クラリスがジト目でマリアのことを見つめる。
「いつもはもっと明るい子なんだがな……」
「ふーん……」
その後も、俺はクラリスと一緒にマリアの様子を観察した。
どの冒険者に対しても素っ気ない態度で接客をしていくマリア。
髭の生えたドワーフが、マリアの胸を見ながら鼻息を鳴らす。
「ご注文どぞ……」
「フンスッ! えっとですな、果実酒を一つに、マリアさんのオススメの肉料理を……。あと、マリアさんの素敵な笑顔を――――」
「はい、果実酒と肉料理を適当にですね……」
「え、あの……あれ……」
「ご注文ありがとうございました……」
ドワーフ以外にも、マリアの接客態度に男の冒険者たちが意気消沈していく。
「――――マリアちゃんに嫌われた……」
「――――マリアちゃん……」
「――――マリアちゃんの笑顔が見れないなんて、なにを糧に生きていけばいいんだ……」
あれだけ騒がしかった酒場が、見る見るうちにどんよりした空気に……。
マリアは本当にどうしたんだろうか……。




