002
「もしかして……!」
炎が点々と揺らめくだけの薄暗い階段。
重たい足を無理やり動かして駆け上がる。
……頼む……頼むから、アイシャたちであってくれ……。
「おーい! 誰か居るのかー!」
…………。
しんと静まり返る螺旋階段。
返事がない上に、足音もやんだ……?
「……」
いや、一つだけ、足音が近づいてくる。
最初に聞こえた足音だ。
もうすぐそこに……。
「おい、誰かいるなら返事をし――――――」
「ビオリスぅぅうううう!」
目の前から、勢いよく、両手を広げて階段から飛び立ったのは――――――
「なっ……ク、クラリスッ⁉」
胸元へと、一直線に飛び込んできたクラリスをなんとか抱きしめる。
衝撃が、疲れた全身に電流のようなものを走らせる。
「ぐぉっ……あぶなっ……!」
段差から落ちそうになるがギリギリ持ちこたえた……。
「クラリス、危ないだろ……」
「ビオリス! やっぱりビオリスだ!」
無邪気な子どものように、嬉しそうに抱きついてくるクラリス。
「久しぶりにビオリスに会えたぁ……!」
「ん……、なんで俺がビオリスだって分かるんだ?」
「だって、前に見たときとあまり変わらないもの。あれ……でも、少しだけ小さくなったかしら?」
「あ、ああ(少しでは済まないがな…………)」
「ん?」
クラリスが不思議そうに俺の顔を見つめる。
「ああ、いや、なんでもない」
クラリスに会ったのはいつ頃だったかな……。
モンスターの大行進の時は姿を見ただけだったし、ゴーレム討伐の編成には加わらなかったし……。
そうなると、きちんと話したのは冒険者になりたての頃だけだったか……?
「……もう会ってからかなり経つのに、よく俺のこと覚えてたな」
「えへへ……褒めるついでに撫でてもいいのよ?」
期待に胸を膨らませて、クラリスの小さい翼がパタパタとはためいている。
「はいはい、覚えててくれてありがとな」
クラリスも獣人と似ているのか、撫でると喜んでくれる。
これで機嫌が良くなるなら、人間の女性なんかよりよっぽど可愛いわ。
「えへへ……♡」
「それにしても……俺の姿を見てなんとも思わないか?」
「ん? だって、ビオリスはビオリスでしょ?」
なにが問題なの、と言わんばかりに首を傾げるクラリス。
いちいち誰かに質問されるより、こっちの方が手間がかからなくてすむか……。
「いや、そうだな……説明する手間がはぶけて助かるよ」
「えへへ♡」
「……」
はぁ……、クラリスには会えても、肝心のあいつらが――――――
「――――クラリスさん! 大丈夫ですかー!」
「あれ、この声は……」
駆け足で階段から下りて来たのは……。
「アイシャ! 無事だったのか!」
「シュヴァルツ君⁉ どうしてここに⁉ ってか、早くないっ!」
アイシャの驚く顔に、俺は勝手に口元を緩めていた。
アイシャの後ろからは、シズクが目に涙をためながら俺を見つめている。
「シュヴァルツさん、良かった……無事だったんですね……」
アイシャにシズク……そして、バレッタを抱えたジャックが順番に姿を見せた。
「よかった……、みんな無事だったのか……」
全身から力が抜けていく。
「ビオリス、大丈夫⁉」
支えていたはずのクラリスに、今度は俺が支えられていた。
「あぁ、すまない……安心したら力が抜けて――――――」
「ビオリス! ビオリ――――」
クラリス、の……声が…………途切れて……――――――
――――――◇◇◇
なんだか暖かい……それに柔らかい何かが当たっているような気がする……。
「……ん」
日頃あまり感じることのない感触に、ゆっくりと目が覚めていく。
右側に誰かが居るような……生暖かい……。
「あれ……ここは…………」
建物の中、ベッドで寝ているということは……。
「ここは、宿屋……なのか……?」
「ふぁぁ……」
聞き覚えのある少女の声が真横から聞こえる。
「あ、ビオリス起きたのね……おはよ♡」
金髪美少女の満面の笑み。
「……」
同じベッドに……俺の顔の横に、クラリスの小さな顔が……。
腕や手に当たる柔肌の感触は、確実にクラリスの体だった。




