001
裏ギルドの黒騎士ハルギ・ディーセストから逃げ切り、茂みを突っ切りながら第五階層のペンタグラムに到着……。
「はぁっ……はぁっ……んっ……はぁ……。予想は、していたが……、ほんと、冗談きついぜ……」
全速力で第六階層のエリアを走り、第五階層へと続く階段を下りたせいで、呼吸が……。
息を整えて、全身の筋肉の緊張をゆっくりとほぐしていく。
「……」
無事にペンタグラムまで来られたのはいいんだが、一つだけしくじった……。
「あいつらと落ち合う場所を決めておけば良かった……」
ここに向かう途中、ゴブリンたちの雄たけびが聞こえていた。
あいつらは大丈夫だろうか……。
第五階層から第六階層へと向かう階段の前には、ギルド員と思われる警備兵の二人が両側に一人ずつ立っている。
ここを通った奴が居るか、試しに聞いてみるか……。
「あー、すまない。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
片方の警備兵へと声をかける。
夜勤のせいか、彼の目は疲れているように感じる。
「どうかされましたか?」
「さっき、第六階層から四人組がここに帰ってこなかったか? 女性が三人に男が一人の」
「四人組……いえ、ここは今しがた貴方が通っただけですよ」
「そうか……」
まだあいつらは第六階層に居るのか……。
「ゴブリンの雄たけびってまさか……そんな……」
いや、待て待て……まだそうと決まったわけじゃない……。
「大丈夫ですか?」
「え?」
自然と俯いていた顔を上げると、警備兵に心配そうに顔を覗かれていた。
「あ、ああ、いや、なんでもない、なんでもないさ……」
「「……?」」
警備兵の二人が顔を見合わせて首をかしげる。
「どうもありがとう、助かったよ」
「あ、ちょっと……」
俺は警備兵に止められる前に、足早にその場から遠ざかった。
「チッ…………」
パーティなんて、ここ数年まともに組んでなかったからな……。報連相が甘すぎた……。
今すぐ第六階層に戻るか? いや、行き違いになってしまったらマズいしな……。
「…………くそっ」
てっきり、先に着いているものだとばかり……。
急いで近道の茂みを突っ切ってくるんじゃなかった……。
途中で追いつくなんて考えてもなかったし……。
「しくじったな…………」
「――――じー……」
「あいつら、ずっと見てくるじゃねぇか……」
もう少し離れておこう……。
警備兵に遠目で見られつつ、第六階層への階段が見える位置へと腰を下ろす。
「……」
このままここで、あいつらが帰って来るのを待つしかないのか……。
ゴブリンたちの雄たけび……。あれは仲間を呼ぶための咆哮だ……。
加えて、まだ帰ってきていないアイシャたち……。
俺が近道を突っ切ったにしても、帰りが遅すぎる……。
「考えれば考えるほど最悪な状況だな……」
第六階層の階段前で待つか……?
そうすれば、ゴブリンの声が聞こえたらすぐに動けるし、そこにアイシャたちが居れば助太刀できる……。
体力は……、あと少しくらいなら動けるだろ。
「ここでじっとしていても仕方がないしな……」
第六階層に向かおう。
「…………あれ、また行かれるんですか?」
「ああ、ちょっと野暮用でな」
二人の間を通り過ぎようとした時、
「あ、あの」
と、警備兵の一人に声をかけられた。
「なんだ?」
自然と警備兵を睨みつける。
「あ、あの、もう時間も時間ですから、宿で休んだ方がいいのではないでしょうか……?」
「休んでる場合じゃないんだ、すまないが通してくれ」
警備兵の言葉を無視し、一歩を踏み出す。
「待ってください」
「あぁ?」
逆側の警備兵も俺を止めようと、手を前に差し出した。
「お前ら、どういうつもりだ?」
「その……なんだかとても……ッ!」
俺に触ろうとした警備兵の手をはねのける。
「あのな、冒険者は自分の意思で行動するもんだ。他人にとやかく言われて『はい、そうします』なんて、簡単には言うとでも?」
「ですが、相当お疲れのようなので……」
「俺が?」
「ええ……、彼の言う通りです。少しでも休まれた方が……」
まぁ、体も限界に近いのは分かっている。だが、こいつらに心配されるようなことじゃない。
それに……。
「そりゃ、あんな奴と剣交えたら疲れるに決まってるだろ……」
心配するなら、その前にダンジョンの警備を強化しろってんだ……。
「あれ……?」
…………そもそも、正面からなら裏ギルドの連中は中には入れないはず。あいつらはどうやってダンジョンに……?
「あんな奴? なにかあったなら我々が――――」
「ああ、いや、こっちの話だ。お前たちには関係ない」
どうせ、ギルドの警備兵を連れていっても足手まといでしかない。
二人を押しのけて、俺は階段を上がっていく。
「あの……、どうしても行かれるのですか?」
「もし少し待って頂けるならギルドの職員を……」
「あぁもう……どいつもこいつもしつこいなぁ……」
俺は振り返り、階段から二人を見下ろした。
「第六階層の上がった所で少し待つだけだ。危険を感じたらすぐに下りてくる。何かあれば連絡する。これでいいか?」
「「……」」
俺は二人の警備兵を交互に睨む。
そのあと、二人が不安そうな面持ちで見つめ合っていた。
「……分かりました。でも、お気をつけて。なにかあれば頼ってくださいね」
「そりゃどーも……」
第六階層へと上がる階段を、渦を巻くように作られた階段を、一段ずつ上っていく。
「ハルギの奴……いつの間にあんな力をつけたんだ……」
いくら俺が小さくなったからって、あんな一方的に押されるなんて…………。
それに、元々あいつは銀騎士ガナートと並んで立っていた男だ……、なんで裏ギルドなんかに居るんだ……。
自分の弱さと悔しさに、自然と拳に力が入る。だが――――――
「ちっ……、手も足もまだ震えてやがる……」
久しぶりの対人戦は……敗北、か……。
「早いとこ強くならないといけないな……こんなんじゃ、昔の仲間に顔向けできねぇ……」
――――――コツン……コツン……。
「ん……」
誰かが、第六階層から下りてくる。
螺旋状の階段のせいで誰かは分からないが、数人の足音が聞こえる。




