004
「ど、どこに行くんですか?」
シズクが小さな声を張って問いかけた。
「懐かしい匂いがするから、彼に会いに」
「懐かしい、匂い……?」
「うん、私のことを唯一、平等に接してくれた彼の匂いがするから」
少女はにこやかにその場を去っていく。
「アイシャちゃん、あの子は……いや、あの人は……」
「う、うん……、間違いないと思う……。焦ってて気が付かなかったけど……名前を聞いて思い出したよ……」
上級冒険者のランクでも、「Aランク」と「Sランク」は特別であり、三つに分類されている。
Aランクである「準上級冒険者」は、九階層まで一人以上で行ける者。
AAランクである「上級冒険者」は、十階層まで一人以上で行ける者。
この二つにはパーティの上限はなく、その階層に居るモンスターの素材やクエストなどを達成すれば取得できる。
だが、AAAランクの「最上級冒険者」では、十階層までを単独で行ける者のみに与えられる。
――――AAAランク保持者クラリス・フィールド。
サキュバスにしてヴァンパイアという異種族。
しかし、彼らは生き血か精気を欲するだけの低俗な種族として、ずっと蔑まれ続けている。
クラリスもまた例外ではない。
冒険者としての歴も長い彼女は非常に優秀であり、その特殊な血の魔法の威力は計り知れないのだが……。
彼女のことを望んでパーティに招待する者は居なかった。
彼女もまた、望んでパーティに加入することはなかった。
誰ともパーティを組まない――――いや、組むことができない孤独な冒険者クラリス・フィールド。
「……ク、クラリスさん!」
ジャックの氷壁が解除され、アイシャが去ろうとするクラリスを呼び止めた。
「……ん?」
「その、失礼な態度をとってすみませんでした……、ただ、私たちは一刻も早くペンタグラムに向かいたくて、その……道中の護衛を、していただけないでしょうか……」
アイシャの丁寧な依頼。
それに対し、クラリスはゆっくりと踵を返した。
「うーん……、私と一緒なんて嫌でしょ?」
クラリスは四人の居る方へと近づきながらも、否定的に問い返す。
「そ、それは……」
「みんなね、サキュバスは股を開いて生活してると思ってる。ヴァンパイアなんかモンスターの血でもなんでも、血なら飲み干す低俗な種族だと思ってる。その種族の間に生まれた私に助けを求めるのかな?」
アイシャの目の前に立つクラリスが、見上げながら微笑を浮かべた。
「でも、クラリスさんはAAAランクの冒険者で……」
「だからって、人助けするとでも?」
「それは……」
「あのね、私が冒険者とすれ違えば嘲笑される、町に行けば蔑まれる。男にはそういう目でしか見られずに、女からは侮蔑されるの」
「……」
クラリスの言葉に、アイシャだけでなく、その場の全員がクラリスから目を逸らす。
「この見た目もあって、まともに私を、冒険者として、私として見てくれる人はいない。私はね、そんなどうしようもない人たちと関わり合いたくないの。冒険者としての私よりも、種族としての私しか見ない奴らなんか嫌いなの」
強い否定的なクラリスの言葉。
だが、そこには悲哀に満ちた感情も見え隠れしているように感じる。
「……じゃぁ、なんで助けてくれたんですか……?」
弱々しいアイシャの問いかけ。
クラリスはその質問に、戦闘前の出来事を思い出した。
「……それは、あの人の匂いがしたから……」
「あの人?」
「……ええ、人間族の冒険者のね」
言い終えたクラリスはゆっくりと俯き、寂しそうな表情を浮かべる。
「人間族の冒険者って……もしかして、シュヴァルツ君のことかな……」
「シュヴァルツ……?」
アイシャの呟きに少女の目つきが変わった。
「うん、じゃなくて……はい、人間族、だけどまだ若いし違うような気も……」
「(あの人の子どもなのかな……)」
クラリスの黒い翼がふんわりパタパタと動いている。
「……ん?」
「い、いえ、なんでもない。なんでもないけど、とりあえずそこに案内してくれるかな?」
「でも、私たちは……」
「ああ、そっか……。戦えないんじゃ使えないものね」
率直に言われた辛辣な言葉に、三人が悔しそうに歯を噛みしめた。
「ふぅ……まぁいいわ。今回だけ、今回だけは助けてあげる。彼に免じてね。ペンタグラムの町に着いて、その女の子を置いたら案内をお願いね」
差し出されたクラリスの手。
しかし、その小さな手を握る前に、一つだけ訂正しなければならないことがある。
「いえ、彼もそのまま町に置かせてください……」
「え? だって貴方たち三人は中級冒険者くらいでしょ?」
「いえ、僕はまだ初級冒険者になったばかりで……」
ジャックの言葉にクラリスが目を見開いた。
「へぇ、それにしてはきちんとしてるのね。実力は申し分ない気がするんだけど……。それで、貴方たち二人は?」
「私たち二人はギルド員のアイシャと、彼女がシズクです。もう一人はジャックのパーティメンバーでバレッタと言います。バレッタは……」
「バレッタはEランクです……」
アイシャの説明を補うために、ジャックが言葉を重ねた。
「ジャックにアイシャ、シズクにバレッタね……。なんでそんなパーティで第六階層に来てるのよ……バカじゃないの……」
「すみません、話せば長くなりますが、ギルドのことなので説明は……」
「はいはい、別に詮索しないわ。私も質問されるのは嫌いだからね。(それにクレスに直接聞けばどうとでもなるもの)」
クラリスが第五階層へと続く道を歩き出す。
「とりあえず、町までの護衛はしてあげる。シズクは残ってジャックとバレッタの面倒を。アイシャ、あなたは私とついて来て彼の所まで案内を。それでいい?」
「は、はいっ! その方が助かります!」
「そう。じゃ、行きましょうか」
若い見た目とは裏腹に、孤独な冒険者の道を歩む少女。
最上級冒険者クラリス・フィールドの助力により、四人はなんとかペンタグラムの町まで向かうことができたのだった。




