003
「もー! こんなところで終わりなんて嫌だよっ……」
「アイシャちゃん……」
「本当に、申し訳ありません……」
「うぐっ……うぐっ……」
徐々に全員の気持ちが「終わり」へと傾き始めたその時――――――
『『『…………』』』
氷を砕かんとしていたゴブリンたちが、一斉にその動きをとめた。
「……ど、どうなってるの?」
「わ、分からないよ……」
「どうしたのでしょうか……」
ゴブリンたちは別の方向一点を見つめ、そのまま流れるように、氷壁の上へと視線を動かしていく。
「「「……?」」」
それに倣うように、三人も上空を見上げる。
「「「――――っ⁉」」」
その光景に目を疑い、三人もゴブリンたちと同じように固まった。
「――――あれ、居ないなぁ……」
下から見上げた氷壁には、細い足首と白のフリルが見え、その中央には薄ピンク色のパンティが垣間見える。
「おかしいな……懐かしい匂いがしたはずなんだけど、気のせいだったのかな……?」
遠くを眺めるように、少女はおでこに手を当てて四人を見つめた。
垂れた金色の長い髪が風に揺られ、頭には二本のくるりと巻かれた角……。
「あっ……」
赤い瞳の少女は、思い出したかのように、四人の様子を心配そうに眺め始める。
少女の動きと同時に、アイシャたちはハッと息を吸い込んだ。
「こ、こんなところに子ども……?」
「むっ……子どもじゃないんですけど……」
アイシャの呟きに、少女の開いた口からは鋭い牙が見え、
「ふん……、貴女だって、その胸板は子どもじゃないの」
と、少女は付け加えた。
「なっ……!」
「はぁ……、せっかく会えると思ったのに……」
少女は氷壁の上でしゃがみ込み、頬杖をついて残念そうにする。
氷壁はアイシャたちの身長の二倍以上の高さであり、少女がどうやって飛び乗ったのかは不明……。
ただ、シズクはその様相に驚いたまま、少女の方へと指を向けた。
「あ、あなたのその見た目……」
「うん? ああ、これのこと?」
少女はちらりと自分の背中に目をやった。黒色のゴスロリを着たその背中は素肌が露出し、小さな黒い翼がピクピクと動いていた。
「貴方たち獣人と一緒じゃないかな、耳や尻尾があるように、翼だってあるわよ」
「え、あ、その……そうじゃな――――――」
『『『グガッ! グゴォォオオオオ!』』』
少女を見上げていたゴブリンたちが再び雄たけびをあげる。
「女性を見かけたら吠える癖はやめた方がいいよ?」
少女は煙たい顔をしながらゴブリンたちに呟いた。
「ね、ねぇ! そこに居たら危ないよ!」
「うん? 危ないのは貴方たちでしょ?」
「うっ……」
的を射た少女の言葉に、アイシャは「ぐぬぬ……」と悔しそうに唸っている。
「まぁいいわ、ついでだし助けてあげる」
言い終えた少女は自分の手首に噛みついた。
先ほど、少女の口から見えた牙が突き刺さっていく。
「え、なにして……」
噛んだ手首から血がとめどなく溢れだし始めた。
「何って、魔法よ、魔ほ……ああ、でも、貴方たちとは少し違うけどね」
少女が氷壁の上から血の雨を垂らし、ゴブリンたちへと降り注ぐ。
――――血が地面やゴブリンたちへと飛び散っていく。
最後に、少女は氷壁に自分の血をこすり付け、剣のような模様を描いた。
「じゃ、血の宴を始めましょうか――――――ブラッドレイジ」
付着した血が光り輝き、それぞれが点滅を始める。
「貴方たちは動かないでね、危ないから」
「「「……?」」」
氷壁に描いた剣が形を成し、少女がその赤色の剣を手に握る。
「――――貫きなさい」
少女の微笑みに、四人はただその光景を見つめるしかできなかった。
飛び散っていた彼女の血が鋭い刺のように、ゴブリンたちを突き刺していく。
地面から、ゴブリンから、無数の血の刺によってモンスターたちの悲鳴が響き渡る。
「うるさい男は嫌われるのよ?」
少女のその言葉に、意識を向けられる余裕は誰にもない。
中級冒険者でも、十体以上のゴブリンを相手にするのは骨が折れる。にもかかわらず、ゴブリンたちは既にその命を絶たれていた。
追い剥ぎゴブリンも手下のゴブリンたちも、その体はピクリとも動かない。
「終わり、かな……。集まってくれていたおかげで剣は要らなかったか」
淡々と感想を述べる少女。
氷壁の向こうには、無数に突き上がった血の刺がゴブリンたちを貫き、身動き一つ取らせずにその命を奪っていた。
「血の補充しなきゃ…………」
少女はつまらなさそうに呟いた。
「え、な、なにが起きたの……?」
困惑するアイシャの声に、少女が氷壁の上で振り返る。
「ああ、ごめんね。一気に片付けた方がいいかなと思って、迷惑だったかな?」
両手を後ろに回し、おどけた表情で言う少女。
「あ、あなたは……」
シズクが少女のことを言う前に、少女は握っていた血の剣を液体に変えた。
周りの血の刺も同様に、その固形を液体へと変化させていく。
「私はクラリス……、クラリス・フィールド。まぁ、そこの貴方が気付いた通り、嫌われ者のサキュパイアね」
「え、サキュパイアってもしかして……」
アイシャは眉をしかめ、ジャックも彼女から距離をとろうとする。
「やっぱりそうなるよね……」
少女は寂しそうに呟いた。
そのまま、彼女は舞うように地面へと降り立ち、シュヴァルツの居る方角へと歩きだす。




