002
「ぐぬぬぅ……もう力が入らないよ……」
「――――敵に風穴を、エアーバーン! 敵の頭上へ氷塊を振り下ろせ、アイスバーン!」
ジャックの詠唱。だが、それは風と氷の別々の魔法の文言……。
「そんな……ダブルマジック……⁉」
シズクは驚きに後ろを振り返る。
「きゃっ……!」
ジャックの放った風の弾丸が、アイシャと対峙していたゴブリンへと命中し、その頭部を直撃。モンスターの体液と脳みそが、反対側から射出される。
そして、ジャックが手をかざした上空には、巨大な氷塊が出来上がっていた。
氷塊はそのまま隕石のごとく降下し、数体のゴブリンを巻き添えに砕け散る。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「君……意外と戦えるの……?」
息も絶えだえにアイシャが問いかける。
「遅くなってすみません……、多少の戦力しかありませんが加勢させてください」
アイシャはシズクと横並びに立ったジャックを、一瞬だけ振り返り再び前を見つめた。
「あはは……ちょっとは楽に戦え――――」
『グゴァァァアアアアアアアアァアアアアアアアアアア!!!』
アイシャが安堵の表情を浮かべたのも束の間。追い剥ぎゴブリンが天井へと雄叫びをあげ、その声の大きさに四人はたまらず耳を塞いだ。
「な、なんなんだよぉ……もぉぉ……」
涙目のアイシャが小さく愚痴をこぼす。
『『『グゴガァアアアアアア!!!』』』
『『『グォオオオオオオオオ!!!』』』
ダンジョンから……周囲から木霊するゴブリンたちの声……。
「う、嘘でしょ……」
「これは、さすがに……」
「マズいですね……」
アイシャ、シズク、ジャックが最悪と化していく現状に、苦い表情を浮かべて音を上げた。
そして、冒険者にとって終わりを悟った時と同じように、乾いた笑顔を浮かばせるアイシャ。
『グォオオ!』
『グガァァァア!』
『ウガッ! ウガァッ!』
ゴブリンの群れが周囲から現れ、四人を円形に囲みこむ。
「にゃはは……こんなの聞いてないんだけどっ……」
二十や三十匹では済まされないほどのゴブリンの群れ。
ゴブリンたちはまるで四人をあざ笑うかのように、その大きな口をニヤニヤと動かしている。
たまらずアイシャが後ろへと下がり、バレッタを囲むようにして三人が集結する。
「アイシャちゃん、ごめんね……」
「なっ……こんな時になにさ!」
「う、うん……なんだかもう駄目な気がして……」
「そんなことないよ! なんとかしようよ……ね?」
ゴブリンたちは少しずつ、アイシャたちとの距離を詰めていく。
「――――――氷城を築け、アイスバーン!」
両手を地につけての短的なジャックの詠唱。
雪の結晶のような紋章がジャックを中心に広がり、ゴブリンたちとの間に高い氷壁を生み出していく―――――
『『ギャギャッ⁉』』
分厚い氷壁が四人の盾となるべく、四方に展開。
薄青い壁の向こう側にはゴブリンたちがべったりと張り付き始めている。
「これでなんとか――――――」
『ウガァアアアアア!』
『ウゴォァアアアア!』
ドガッ……ドガンッ……ガンッ…………!
モンスターたちが待ってくれるはずもなく、壁を砕こうと武器を振るう。
こん棒でいたる所から襲撃される度に、ジャックの氷壁が少しずつ破損。
幸い、ヒビが入るには、穴が開くには、まだ時間がかかりそうに見える。
「すみません……、僕がもう少し早く動けていれば……」
ジャックは歯を噛みしめながら、アイシャとシズクへと謝罪の言葉を述べた。
「ううん、ひとまず助かったよ……」
「ジャックさん、助かりました……ありがとうございます……」
「いえ、元はと言えば僕の落ち度ですから……皆さんを巻き込んでしまって申し訳ありません……」
それぞれが、氷に映るゴブリンの群れを見つめながら、振り絞った言葉をかけ合う。
――――――ピキピキ……ピキッ……。
「シズクちゃん、魔力回復のポーションは持ってる……?」
「すでに行き道でほとんどを……、最後のもさっき使っちゃいました……」
「やっぱそうだよねー……にゃははー……」
「アイシャちゃんは?」
「シズクちゃんといっしょだねー……」
にへらっと笑うアイシャだが、誰が見てもそれが無理やりな笑顔だと分かる。
――――パリッ……パリパリッ……。
氷の割れる音が無数の箇所から響いてくる。それと共に、周囲からはゴブリンたちの雄たけびも……。
「ジャックさん、氷壁をもう一度できますか……?」
不安げな表情を浮かべるシズクが、ちらりとジャックの顔を見ながら問いかけた。
「いえ……同じものはもう出来そうにないです……。バレッタ、君の土の魔法で壁を作れないかな?」
ジャックはバレッタへと視線を向ける。
バレッタはいまだに、三人の真ん中で動けずに泣いたまま……。
「うぐっ……む、無理だよぉ……こんな……こんなのもう助からないよ……」
「(この子イライラするなぁ……!)」
アイシャはバレッタの態度に苛立ちを見せた。だが、今は説教をする時間も余裕も持ち合わせてはいない。
――――魔力切れが三人、戦意を喪失した者が一人……。
――――周りには血気盛んな数十体のゴブリンたち。
………………。
少しずつ欠けていく氷は、同時に三人の心も砕いていく。
『ウガァアアアアア!』
ガシャンッ!――――――――
「こ、氷に穴が……!」
「こ、こっちもだよ……!」
「これは、そろそろ限界ですかね……」
ハルギと戦闘中であろうシュヴァルツも、この状況に助太刀することはできない。
――――ダンジョン第六階層にて、冒険者四名が万事休すとなった……。




