003
「――――――すまない、待たせたな」
茂みから二人の場所へと戻り、目を合わせないように伝える。
「誰か居たの?」
「……いや、誰も居なかった」
生きていた者は、という意味で……。
「ふーん……、んじゃ、あの声は何だったんだろう?」
「さぁな。もしかして、追い剥ぎゴブリンが喋った……なんてな」
俺は二人をその場から遠ざけるように、手紙に書かれた第六階層の奥へと歩きだす。
「ちょ、ちょっと!」
「待ってくださいっ……」
パタパタと後ろから駆け寄ってくる二人の足音。
「ねぇ、ちょっと待って……ってあれ、そういえばマントはどうしたの?」
「ん、いやまぁ……」
スルーしてくれれば良かったんだが。さすがに気付くよなぁ……。
「マントは?」
「枝に引っかかって破れてな、そのまま置いてきた」
「ふーん、そうなんだ。それにしても、なんかすごい装備してるね……」
「そうか? これくらい普通だろ?」
腕と足には軽量のプレート。両の太ももにはベルトを巻きつけ、それぞれ数本のナイフを。腰には剣とポーションを、バッグの中には煙玉。
対人戦になった時のために、軽量だが硬くて丈夫なチェーンアーマー。
「なんか、冒険者っていうより……」
軽く後ろを振り返ると、アイシャが悩まし気な顔で俺の方を見つめていた。
「コロシアムの戦士みたい……」
「ふっ……、言い得て妙だな」
確かに、対人戦用に準備したアイテムを考えれば、コロシアムでもある程度は戦える。
そうだな……、俺の今の恰好に加えて、下半身と頭部の防具さえ着ければ、闘技場でも戦えるレベルになるだろう。
まぁ、そこまですると動きにくい上に、頭の装備は視界が狭くなるから絶対にしないけど……。
「なんか、シュヴァルツ君ってさ」
「ん、どうした?」
「時々おじさんみたいな言い方するよね……」
「……そ、そうか?」
「なんか、私の知ってるおじさんに似てるんだよね……」
じーっとこちらを見つめてくるアイシャ。
「アイシャちゃん、そんなこと言ったら失礼だよ……?」
「でも、なんかさぁ……(撫で方とかも一緒だったし、上から目線なところとか……あんまり話聞いてくれないところとかもそっくりだし……)」
一人でぶつくさと呟くアイシャを、隣を歩いていたシズクが「まぁまぁ」となだめている。
多分、「知っているおじさん」とは俺のことだろうな……。
いや、そもそも俺がビオリスだと認めてくれなかったのはアイシャの方だからな……。俺は悪くないはずだ……。
まぁ実際問題、正体がバレようがなんだろうが、クレスには悪いが俺としてはどうでもいいことだ。
あ、そうだ。この任務が終わったらアイシャとシズクを誘って飯でも行くか。
「なぁ二人と、も……いや…………」
今は言わない方がいいよな……。二人の集中力が切れたらマズい……。
「「ん?」」
「いや、やっぱりいい。気にしないでくれ」
「な、なんなのさーっ!」
ムキになるアイシャ。
シズクはやっぱりそれをなだめていた。
「まぁまぁ、また任務が終わったら教えてやるよ」
たまにはお嬢さん方に奢ってやらないとな。
クレスにこき使われて、こんな任務に駆り出されてちゃストレスも溜まるだろうし。
「くぅぅ……なんか上から目線なの腹立つぅー……!」
「アイシャちゃん、多分、シュヴァルツ君は私たちよりも強いから、上から目線なのは問題ないんじゃ……あれ……。それなら、シュヴァルツ『さん』って呼んだほうがいいのかな……?」
アイシャをなだめようとしたはずのシズクが疑心暗鬼になっている。
「君でもさんでも、呼び捨てでもなんでもいいぞ」
「よ、呼び捨てはちょっと恥ずかしい、です……。でも、シュヴァルツ君って言うのもなんだか変な感じですし……(やっぱりさん付けがいいのかな……でも、シュヴァルツ君カッコいいし……王子様みたいにお姫様抱っこしてくれるし……いっそのこと王子様って……)」
「……?」
シズクが頬に手を当てながらなにかを呟いている。
「そんなに名前の呼び方って気になるもんなのか?」
シズクは赤い顔をして俯いているため、ムスッとしているアイシャに問いかけてみる。
「知らないっ! ふんっ!」
「そ、そうか……」
お嬢さん方のご機嫌取りは骨が折れそうだな……。クレスはどうやってこんなのをまとめてるんだろうか……。
だが、こうしていざ若返ってみると、「さん」なのか「君」なのか。なんて呼ばれればいいのか、自分でも分からなくなるな……。
まぁ、俺のことを呼ぶやつも少ないし……いや、そもそも俺が話しかける人数が少ないのか。
ここ最近でも、この二人とクレス、キング、マリア、それに、酒場で襲いかかってきた冒険者…………。いや、最後の奴は話した内には入らないか……。
「――――ねぇ……」
交友関係は広くしておいた方がいいんだけどな……。人間のおっさんじゃ誰も相手にしてくれないのが現実だ。
他の種族の方が特徴的で、戦力を増強する判断材料になる。
だが、人間はといえば、秀でたところもなければ、特徴的なこともない。
そんな人間と組む奴なんて、そうそう居ないんだよなぁ……。
まぁ、そのおかげで冒険者としての経験は多めに積めたし問題ないが……。
「――――ねぇってばー!」
「ん、ああ、すまん。どうした?」
呼ばれていたのか。
「むぅー……。あのさぁ、今はどこに向かってるの……?」
ご機嫌ななめなアイシャがジト目でこちらを見つめてくる。
「えっとだな、七階層に近い場所にある洞窟まで来いってよ」
「誰が?」
「手紙に書いてあったんだよ」
「手紙?」
「あ……」
しまった……、口を滑らせてしまった……。




