005
「むぅー……! シズクから離れろー!」
俺とシズクの間に割って入るアイシャ。
「ちょ、そんな無理やり押すなって……」
「いいから、離れろー!」
「わ、分かった! 分かったから!」
「シャァア……!」
アイシャに威嚇された……。
「はぁっ……はぁっ……」
シズクが胸元を正しながら息を荒げている。
艶っぽい声と赤らんだ頬……髪の毛を必死に触る姿は、服装と相まってなんとも可愛らしい……。
第六階層に襲撃するその前に、男としてはシズクに襲撃をかけるべきなのかもしれない。
「次シズクに近付いたら、どうなるか分かってるんでしょうね……」
「わ、わざとじゃないんだぞ……これは冒険者として純粋に……」
「わざとじゃなくてもダメーっ!」
「わ、悪かったよ……そんなムキになるなよ……」
はぁ、今から任務だってのに、この面子だとやる気が出ねぇな……。
やっぱり一人の方が良かったかもな……。俺の属性のこともあるし……。
シズクが落ち着くのを待つ間、俺は石造りの噴水に腰かけた。
「ねーねー」
距離を置いたアイシャがこちらに向く。
「ん、なんだ?」
「ちなみにさ、君ってダンジョンに入った時、どうやって時間の把握してたの……?」
「どうやってって、ずっと感覚だが?」
「か、感覚っ⁉」
そんなに驚かなくても……。
いや、昔の冒険者なんてそんなもんだろ。そんな引くほどのことでもないような気がするんだが……。
それに、そんな便利なアイテムがあったなんて知らなかった……。あったら時間を気にせずにダンジョンに冒険しに来れたのに……。
タイムチェックなんてアイテム、いつからあるんだろうか……。
帰ったらクレスにでも聞いてみるか。
「はぁ……」
我ながら情けない……。
無知とは、時間効率を悪くする人間にとって……いや、冒険者にとって最悪の敵でしかない……。
やっぱり俺もまだまだだな……。
「Cランク……それも、ついこの間冒険者になった君が感覚でダンジョンって……」
「ん?」
アイシャがわなわなと震えている。いや、力を溜めているのか?
「ばっ……ばばばっ……!」
「ば、なんだ?」
「バカにするのもいい加減にしろぉー!」
アイシャの咆哮が炸裂し、俺とシズクは呆然と立ち尽くした。
噴水の水も僅かながら驚きに震えている気がする。
「はぁ……はぁ……」」
「アイシャ、急にどうしたんだ?」
俯いたアイシャに問いかけてみる。
アイシャの両の握り拳がわなわなと震えている。
「わ、私だって元々は冒険者……それも中級冒険者の端くれまでは頑張ったもん……」
「そ、そうだな……」
「でも、君の方が状況判断も的確で、戦闘の時の動きも一介の冒険者じゃなかった……」
俯いたまま、眉間にシワを寄せて話すアイシャ。
「お、おお……ありがとうな……」
「つまり、戦闘技術や戦術、言動から考えて君は……君はっ……!」
「き、君は、なんだ……?」
「き、君はもしかして…………」
ごくり…………。
「――――――人間族じゃなくて、なにか他の種族とのハーフなの⁉」
「……え、え?」
人間であること自体を軽く否定された……。
「だって、人間だったらそんな事できないもん! でも、他の種族の血が混じってるなら、年をとってても若く見えるし! どう、違う⁉」
確かに、エルフやバーサーカー、獣人などの種族は人間に比べれば遥かに寿命が長い。そして、見た目も若い奴が多い。
「さー、どうなのさ!」
あー、もう面倒くさいなぁ……。
「そうだ、俺は種族間のハーフだよ。これで満足か?」
そう言っておけば話が早いのなら、ここだけの場は人間を辞めてやろう……。
あれ……、そもそもクレスと冒険者登録する時にそうしておけばよかったのでは……?
もしかして、しくじった?
いや、でも嘘は良くないよな……。今ついたところだけどさ……。
「やっぱりー! あ、でもさでもさ、人間って言ったのはなんでなのかなっ?」
アイシャが急に元気にキラキラと……。
感情表現が豊かというか、喜怒哀楽が多いというか……。
「えっとだな……クレスとの秘密裏の任務でな。訳アリで初級冒険者を名乗っているんだ」
と、いうことにしておこう。
「ふーん、だったら納得!」
よし、アイシャは攻略できたな。
「そ、そんな人とパーティを組むなんて……どうしよう……」
シズクが戸惑いながらアイシャの背中に隠れていく。
シズクの八の字になった眉が、不安をこちらに伝えてくる。
「いや、そんなに緊張しなくてもいいと思うんだがな……」
その一方で、シズクを匿っているアイシャはニヤリと笑みを浮かべていた。
「ふっふーん、ようやく素直に教えてくれたねっ。まー、只者じゃないとは思ってたもんっ!」
…………もん……。
まぁ、俺としては、素直に信じてくれるアイシャに感謝だな……。
ようやく話が進みそうだ。




