005
「うっ……うぅっ……」
「ちょ……泣くな泣くな!」
「うぅっ、だって……だって……」
ヤバい……、アイシャが泣きそうになっている……。
「と、とにかくだな……」
そっとアイシャの頭を撫でつつ。
「今回は助かったから、ありがとな」
「うぅ……うぐっ……、うん……」
こうやっていつも大人しく言うことを聞いてくれれば可愛いんだがな……。
アイシャをなだめて落ち着きを取り戻したあと、俺とアイシャはダンジョンの入り口へと帰ることにした。
魔法の詠唱は身体的な消耗がない分、精神的にダメージが返ってくる。
帰還するという決断は武器も持たずに余裕ぶってきたアイシャのせいなのだが、今責めるとまた泣き出しそうなので言わないでおく。
「冒険、お疲れ様です」
エアリエルの入り口、内側と外側にはギルドの警備隊が二人ずつ立っている。
モンスターの大行進以降の、必要最低限の警備らしい。
「あいよ、お疲れさん」
「お疲れ様です」
彼らに適当な返事をしつつ青空の広がる町へとたどり着いた。
エアリエルのそびえ立つ位置、真上から太陽が町全体を照らしている。
「つ、疲れたぁ……」
アイシャがひと際おおきなため息をつく。
「この程度で疲れるなんて鈍ってるんじゃないか?」
「君……なんかムカつく……」
アイシャがジト目で睨みつけてくる。
なにか口を動かしているが、小さくて何を言っているのかは分からない。
「な、なんだ……?」
「はぁ……。まぁ、君のおかげで助かったし認めてあげるよ……嫌だけどね……」
ムスッと拗ねたように言うアイシャ。
そのあと、きちんと姿勢を正して俺の前に起立した。
「シュヴァルツ君、FランクからEランクへの昇格おめでとう」
「お、おお……」
昇格ってこんな感じなのか。
ギルドの創設した時点で上級扱いだったから、なんだかこういうのは新鮮だな。
「えっと、私はこのあと、ギルドで君の登録情報を上書きするんだけど、君はどうする?」
「どうするとは?」
「このまま帰るか一緒にギルドに立ち寄るかだけど」
「そうだな……、一人でダンジョンに行ってもいいか?」
「Dランクになるまではギルド員と絶対行動しなきゃいけないから、今からダンジョンに行こうとしても門前払いだよ」
「なんだと……」
今ってそんなに面倒くさい決まりがあったのか……。
ギルドに行っても意味ないだろうし、このまま帰ってもやることないし……。
「あ、そうだ。アイシャ、ギルドに行く前に飯でもどうだ?」
「え…………」
「あからさまに嫌そうな顔をするな……」
さすがの俺でも傷つくぞ……。
「んー、まぁいいけど……。どこに行くの?」
「行きつけの美味い店があるんだ、そこにしよう」
俺はいつもの酒場へと足を向けた。
「ん~……」
後ろからは不満そうにしたアイシャがムッとした表情をしている。
「行きつけの美味い店ってさ…、君は日ごろどういう生活を送ってるのかな……。まだ子どもだよね?」
「子どもというよりは立派な青年だろ?」
中身はおっさんだけどな。
「はいはい……、そういうことにしときますぅー」
なぜか不満そうに話すアイシャに、
「なにか不満でも?」
と訊ねてみる。
アイシャの顔を見つめるが、そっぽを向かれた。
「べっつにー」
「いや、絶対なにか言いたいことあるだろ……」
「さぁーねー」
顔を横に向けたままのアイシャの返事。
「胸は前向いてるのか横向いてるのか分からねぇけどな……」
そんな言葉が自然と口から漏れてしまっていた。
アイシャのケモ耳がピクンッと反応した次の瞬間――――――――
「今、君なんて言ったのかなぁ……なぁー、ねぇねぇー?」
ヤバい……。せっかく新調した服がボロボロにされてしまう……。
「ア、アイシャ……気のせいだ。そう、きっと気のせいだ」
我ながら苦しい言い訳である。
「君って奴は…………学習ってものをぉぉ…………」
凄まじい殺気と共に目の前に近づいてくるアイシャ。
眉をしかめて正面に立つアイシャは完全に戦闘体勢。
終わった…………せっかく買った服が……。
「……はいっ」
「え?」
アイシャから差し出される手。
女の子らしいその小さめの手を見つめ続けたあと、アイシャの顔を見つめる。




