002
「どうしたんだ?」
「……あのさー、若い子がそんなに先を急いじゃダメだよ?」
「別にいいだろ?」
俺の問いかけに対して、アイシャは深いため息を返してきた。
「はぁ……、あのねー……ここはダンジョンなの。つまり、生きるか死ぬか、そういう場所なんだよ。君がどこの誰で、なんでクレス様と一緒に話してたのかなんてどうでもいいけどさ、君がダンジョンで死んだら悲しむ人が居るんでしょ?」
「…………ま、まぁな」
悲しむ人が居るか居ないかはともかく……。
まさかアイシャに説教されるとは思ってもみなかった……。
正論すぎて言い返す余地もない……。
アイシャは腰の後ろに両手を移し、俺の目の前で立ち止まる。
「いくら腕に自信があってもね、生き急いで油断したらそこで終わりなの。今まで冒険してきた人たちだって、数えきれないほど死んでる場所なんだよここは。分かった?」
至って真面目な話をされると反応に困ってしまう。
「あ、ああ……悪かった……」
「はい、分かればよし!」
アイシャに頭をぽんぼんと軽く触られた。
子どもだと思っていたアイシャに俺があやされるとは……。
「んじゃ、先に進もっか!」
暗い雰囲気を払拭するように、アイシャは元気いっぱいに声を上げる。
「………………」
洞窟の中を淡々と二人で歩いていく。
後ろを少しだけ振り返ると、アイシャは悲しそうな目をしていた。
「…………」
アイシャの奴、ギルドの受付嬢のイメージが強かったが……、きちんと冒険者をしていたんだな……。
俺みたいな奴でも、誰にだって辛いことがあるのは分かっている。
アイシャにだって冒険者時代の、思い出したくもない過去があったかもしれない。
生き急いだ仲間を見送ったかもしれない。
――――気を抜かず、焦りは禁物、いつでも冷静に……初心を忘れないこと……。
昔、教えてくれた師匠の言葉が脳裏に浮かぶ。
「なぁ、アイシャ」
「ん……、なにかな?」
さっきの出来事をごまかすようにニコッと笑うアイシャ。
おっさんだった以前と違ってアイシャと目線が同じなので――――
「ちょっとかがんでくれないか?」
「ん? 別にいいけど……」
膝に手を当てて背を低くするアイシャ。
俺はその頭の上にそっと手を置いた。
「なっ……なにかな……? あんまり触られたくないんだけど……」
「さっきはその、悪かったな……」
「え、ちょっと……なっ……んっ……んんっ……!」
軽く頭を撫でながらアイシャへと謝る。
獣人との仲直りはこれが一番早い。上手く撫でてやれば、多少は機嫌が良くなる、はずだが……。
いつもギルドで怒っていたアイシャをあやすように、アイシャの頭と耳を触ってみる。
「ちょ、ちょっと……ひゃうっ! く、くすぐったいってばぁ……!」
「まぁまぁ、たまにはいいじゃないか」
「た、たまにはって……、君と出会って……んっ、そんなに経ってないんだけどっ……」
「ふっ……まぁ、そういうことにしといてやるさ」
「んっ……ひゃうっ……んやっ…………」
――――――アイシャの頭を撫で終えて、俺もようやく気分がスッキリした。
アイシャの方が立場が上になってしまったからな。こっちが上だということをこうして教えといてやらないと。
「よし、とりあえずスライムとウルフを見つけてさっさと倒すか」
「ん……あれ……? もう終わり……?」
耳をピクピクと動かしながら、アイシャが物足りなさそうにこちらを見つめる。
「なんだ、まだしてほしいのか?」
「は、はぁっ⁉」
アイシャは赤面したまま、勢いよく立ち上がった。
「べっ! 別にしてほしくないし! ぜんっぜん! 気持ちよくなかったし! ビミョーだったし!」
前と変わらない反応で良かった……なんてな。
「ふふっ、そうかそうか」
アイシャの言葉に返事をしつつ、俺は先へと進む。
「なんかムカつくー……」
「ん、なんか言ったか?」
「その顔、なんかムカつくんですけどぉぉおおおおーっ!」
頬の赤いアイシャが洞窟内に響くほどの大声をあげた。
照れ隠しなのがバレバレだが、そっとしといてやろう。
「元からこういう顔なんだ、すまんな」
「むきぃーっ! そのちょっと笑ってる顔やめろー!」
「はいはい、そんなことより早く先に」
『アゥーン!』
『ガルルルゥ……!』
『……バウバウッ!』
『ワゥーン!』
「「…………」」
ウルフたちの鳴き声……。
「……、今のってもしかしてさ……」
アイシャが進行方向である洞窟の奥を見つめる。
さっきの大声でウルフたちが集まってきているようだ。
大量の足音がこちらへと近づいてきている。




