003
「ここでも言い合いかよ……今日はなんだ。どいつもこいつも荒れてんのか……?」
ビオリス・シュバルツは酒場での乱闘を傍から眺めつつ呟いた。
木製のテーブルがひっくり返り、胸のふくよかな可愛らしい獣人の店員はバーカウンターの向こうで頭を覗かせる。目には涙を浮かべ、「こんなはずじゃなかったのに」と呟いていた。
酒の勢いに任せた男たちが拳で、瓶で、椅子で、仲間同士でも殴り合う。
「どうも、来る日を間違えたらしい……いや、我慢の限界だったし結局ここに来てたんだろうな……」
ビオリスは一人で目を伏せ、お気に入りのワインを片手に言う。
屈強な男や鎧を着たまま暴れる男、店の隅には戦いから逃れた男たちがへばりつき、悪魔でも見るかのように怯えていた。
ビリオスは一瞬だけ視線を周囲に向け、大合唱のように騒がしい店内でただ一人、静かにジョッキのワインを飲み続ける。
「ねぇねぇビオリス……」
先程、バーカウンターの向こうで隠れていた獣人の女の子が、いつの間にかビオリスの足元へ。四つん這いの状態で見上げていた。
給仕服はここにたどり着くまでに汚されたのか、酒で濡れて肌が透けている。
ショートヘアの茶髪に綺麗なエメラルドの瞳をビオリスに向け、上目遣いで救いを求めるが……。
「なんだ?」
ビオリスは目の前で起きている冒険者同士の殴り合いを知らぬ存ぜぬを貫き通し、酒の入ったジョッキを持ったまま返事をした。
「どうにかしてよぉ……元十階層討伐隊の精鋭でしょぉ……」
涙ながらに訴える彼女だが、ビオリスは気分が良くないのか。肘をテーブルにつきながら頭を抱えた。
「俺に言うな、その辺にたくさん居るだろ。強そうな奴らが」
面倒くさそうに呟くビオリス。しかし、彼女はその膝にしがみついて抗議の意思を示している。
柔らかな胸が当たる感触に、少しだけ鼻の下が伸びてしまう。
「ビオリスしか止めてくれる人居ないだもん……」
太ももの辺りに彼女の柔らかい胸が押し付けられ、視線を彼女の方へと向ける。透けた給仕服の透けた下にあるピンク色のブラが、ビオリスの視線を釘付けにしてしまった。
低めの身長から、どれだけの栄養が胸に吸収されてしまっているのだろうか。
ビオリスはそんな事を頭の中で考え込んでいた。
「ビオリス、聞いてるの?」
服を引っ張られて揺れるのは――――彼女の胸。
「あ、ああ……」
若くて可愛い、性格も温厚で、その小さい見た目に反した揺れ動く胸は、この酒場のアイドル的存在だ。
つまり、今この場で、濡れ透けた給仕服を身にまとい、ビオリスの足元で涙目で泣いている彼女を――――――
「おい、貴様! マリアちゃんに何をしている!」
酔っぱらった男たち、頭に血が上った男たちが放っておくわけがなかった。
肩を掴まれ無理やり後ろを振り向かされるビオリス。目の前には禿げ頭に上半身裸の日に焼けた男が立っている。
見下すような目つきで睨む男に対して、ビオリスは「あはは、まぁまぁ」と男の手を軽くどけた。
前を向き直し足元で小さくなっているマリアへと声をかける。
「おいマリア、お前のせいでこっちに矛先が向いたぞ。どうしてくれるんだ」
「こうしないと動いてくれないでしょぉ……」
涙目で訴えてくる酒場のアイドルことマリアの言葉にビオリスは頭をかいた。
「俺は何もしないぞ……」
「助けてくれなきゃ『このおじさんに脅されました』って言うもん」
太ももを彼女の小さな手で触られ、悪い気はしないビオリス。無意識に押し付けられる胸の感触に、思わず「おっ……」とビオリスは声を漏らした。
「ビオリスお願い……」
うるんだ瞳を向け助けを求めるマリア。
「おい! なにを無視しているんだこの野郎!」
「あぁ……面倒くせぇな……マリア、今日の酒代っていくらだ?」