002
「それでクレス様?」
アイシャが可愛らしくクレスへと声をかける。
「ん? なにかな?」
「この子の名前はなんて言うんですか? 結局、『俺がビオリスだー』って言い張ってたので本当の名前をまだ聞いてないんですけど」
合ってるんだが。
え……もしかして、俺は名前も変えなきゃいけないのか?
「ああ、彼はビオ……」
「ビオ? ビオっていう名前なんですか?」
俺の名前はビオリス・シュヴァルツ……。そんな短い名前じゃない……。
そもそも『ビオ』ってニックネームかよ……。そういう奴も居そうだが、俺じゃない。
「そう、彼の名前はビオと言うんだ」
「へー、ビオ――――」
「違う! 俺はビオという名前じゃない!」
俺の名前が『ビオ』になるのは嫌だ。さすがに見過ごせない……。
「あ、起きた」
「やっと起きたかビオ……」
俺の名前を言い切れないクレス。語尾がほとんど聞こえないせいで俺の名前がビオになってしまう……。
「やっぱりビオなんですね!」
「クレス、お前が中途半端に名前を区切るからアイシャが……くっそ……頭いてぇ……」
頭がガンガンする……クレスの奴どんだけ強い酒を飲ませたんだ……。
「もー、子どものくせにお酒なんか飲むからでしょー」
「うるせぇな……」
聞こえてくる方へ顔を向けると、アイシャは隣に立っていた。
「うるせぇってなにさ! あんたなんか、クレス様の頼みじゃなかったら裏通りに連れて行ってボッコボコにしてるところなんだよ⁉」
「やれるもんならやってみろ……、あぁ頭いてぇ……」
「なにをー! そもそも、クレス様を呼び捨て、私への態度、話し方、頼み方、ギルド長であるクレス様の部屋のソファで服も着ないで寝るなんて非常識だよ!」
俺の顔を覗き込むように注意をしてくるアイシャに、
「服はお前にやられたんだが……」
と、俺は頭を押さえながら呟いた。
ってか、服のことをすっかり忘れていた……。
「はぁ…………、とりあえず隣に座ってもいいかな(嫌だけど……)」
「おい、今『嫌だけど』って言わなかった――――」
「とにかく失礼するよー」
俺の言葉を無視して、アイシャは隣へと腰をおろした。
横からのポニーテール、そっと見える首筋。顔が可愛らしい分、妙に艶っぽい。
「なに……?」
アイシャに横目でジロリと睨まれた。
「いや、別になにも……」
「あっそ」
はぁ……、いつもなら怒っているアイシャでも頭を撫でたら一発で静まるんだが、新人扱いの今の俺じゃそれも無理そうだ。
「「「……」」」
クレスが正面に座り、俺と受付嬢のアイシャが並んで座っている。
なんだこの三者面談みたいな空気は……。
「こほん……クレス様、彼も起きたことですし、ギルドへの登録の手続きをしてもいいですか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
まるで打ち合わせ済みのようなアイシャとクレスの会話。
「ちょ、待て待て。話が急すぎるだろ」
「はい。では、今から登録の手続きするから順番に答えてねー」
俺の意見は……。ていうか、登録手続きのノリが軽すぎないか……。
「名前は?」
「ビオリ――――」
「ごほっ……ごほんっ……!」
名前を言おうとした瞬間、クレスに邪魔をされた。
「(同じ名前じゃダメなのか?)」
クレスに対して目線だけで、無言で尋ねてみる。
「……」
伝わっているみたいだが、クレスの答えは「ダメだ」と、首を小さく横に振っていた。
「ん、なんて言ったの?」
「えっと……」
「エットっていう名前なの?」
「違う……」
こいつはバカなのか……。
「んじゃ、なんて言うのさー」
「えっと……ビ、じゃなくて、シュ、シュヴァルツだ……」
クレスから「それは本名ではないか」と、厳しい視線が向けられるが、咄嗟に思い浮かぶほど若くないんだ……。




