004
「とにかく座るんだ……」
「ちっ……面倒くせぇな……」
俺がクレス以外に認識されていないからどうだってんだ。別に今まで通り、普通に過ごすだけなんだが。
ぶつくさと呟きつつも、もう一度クレスの正面へと腰を下ろす。
「んで、何が問題なんだ?」
クレスが深いため息をはく。それと共に『こいつは何も分かってないのか……』と言いたげに首を横に振った。
「ギルド要請のクエストも連絡も、若返ったお前宛てに送ることはできない。家にお前が居たとしても、おっさんのビオリスではない。したがって、お前は私以外にビオリスだと認識されない。ダンジョンの到達階数もゼロだ」
「なっ……なんでそうなるんだ……?」
クレスは俺の前に手を突き出し、指を一本ずつ立てていく。
「一つ、今のお前の立場は身元不明の冒険者だ。二つ、お前が家に帰ったところを誰かに見られれば不法侵入となる。三つ、お前の若い時の顔を知っているのは、私と一部の者たちだけ。あとは――――」
「わ、分かった! 分かったから、理由を呪文のように唱えるのはやめてくれ……」
聞いてて鬱陶しい……。
「分かればよろしい」
「はぁ……んで、俺はどうすればいいんだ?」
「一から冒険者やり直し」
罰ゲームの相手を決めたように、クレスは俺へと指を向けた。
「…………ん?」
えっと……。
何かの聞き間違い……だよな?
俺が一から冒険者をやり直すなんてありえねぇ。
「すまない、いまいち聞き取れなかっ――――」
「おいおい、若返ったのに耳が遠いのかい? 一から冒険者やり直しだよ」
さすがに二回目も同じ言葉だと嫌でも耳に入ってきた。
「は? 一からってどういうことだよ」
「その方がなにかと都合がいいだろう」
「俺はよくない! 絶対によくない!」
今から駆け出し冒険者なんて……。ギルドのクエストをこなしたり、緊急のクエストをいくつも遂行してきた俺が駆け出しの冒険者なんて――――――
「ありえない!」
「はぁ……座って落ち着いてくれ、ビオリス」
ため息をつきたいのは俺の方なんだが……。
なぜ俺が駄々をこねた子どものような扱いを受けなければいけないんだ……。
「一から冒険者をやり直せだなんて……俺は絶対に認めねぇぞ……」
「まぁまぁ……。昔、私たちがまだダンジョンの最高層を目指していた時のことを覚えているか?」
神妙な面持ちで尋ねてくるクレス。
俺は過去の記憶を振り返る気はさらさらない。
済んだ話、終わった出来事は過去でしかない。生と死の行き来が許されないように、現在から過去に戻る事はできない。
死んだ仲間も、失った友も、再びこの世に帰ってくることはない。
そして、過去の過ち……失敗は二度と消すことはできない……。
「人間は忘れっぽいんだ。そんなこと覚えちゃいねえよ」
「そう言うと思ったよ……」
クレスは呆れたように呟いた。
俺が冒険者になってから多分、一番付き合いの長い相手がクレスだ。
聞かなくても俺が答えないのは明白だろうに……。
「酒でも飲むか?」
「ど、どうしたんだよ突然……」
唐突なクレスの提案に思わず言葉が詰まる。
「まぁまぁ、昔はよく飲んだ仲じゃないか」
「だから昔のことは――――――」
「そう言うな。お前だって若返ってやる気が戻ってるんじゃないのか?」
「…………」
「誰も到達していない十階層の攻略……そして十一階層への挑戦を……」
「ふん……興味ないな」
「ふふっ、そうかな」
目の前で見透かしたように笑うクレス。
無駄に年を食ってるやつはこれだから嫌いなんだよ……。
「……ちっ」
「それは、やる気があるとみなしていいんだね」
「どうぞ、ご勝手に……」
俺はソファに仰向けに寝転んだ。
俺が未だに冒険者としてダンジョンに行っている時点で、クレスに対する回答になる。
「ふっ……、相変わらず意固地な奴だ」
「お前だって、良い趣味してるじゃねぇか。女に男装なんてよ」
「……」
返事を返さないクレスに少しだけ目線を向ける。
気が付けばクレスは立ち上がっていた。
クレスはそのまま俺の方を見下ろす。
エルフの高貴な雰囲気を醸し出しつつ、絶対的な服従を誓わせるような目つき。
「勇ましい女性、男気のある女性が精神的に崩れ落ちた時ほど、高ぶる瞬間はないだろう?」
「ほんっと、良い趣味してるわ……」
皮肉を込めてクレスへと伝える。
「はっはっは、その内ビオリスにも分かるさ。花は強く気高く、そして散る瞬間が美しいのだよ」
クレスは笑いながら、グラスと酒を持って机の上へと置いた。
「あまり出回らないエルフの作った酒だ、美味いぞ」
「ほう……」
別に、クレスと酒を飲みたいわけではないし、出来ることなら家でゆっくり飲みたいところだが……。
美味い酒があるなら断る理由もない。
グラスには青い液体が注がれていく。
「青色って……飲む気がしないんだが……」
「ポーションだって青いだろう? これは魔力回復も出来る優れものなんだ」
「へぇ……」
あまり気が進まないが……グラスに注がれた酒を断るわけにもいかない。
「では、ビオリス、君の再出発に乾杯」
「まだ認めたわけじゃねぇって……」
カンッとグラス同士が音を鳴らす。
サラサラと喉の奥まで自然に入っていく。透き通るような清涼感と酒の独特な味と香り。そして、
「甘い……」
「そうだろう。甘い上に飲みやすい。それに酒の濃度も高め。女性を落とすには最適のエルフ族の酒さ」
「酒……強め……?」
うぉ……頭が……。
「ビオリス大丈夫か?」
「だ……じょーぶ……だいじょぶ……」
俺はそのまま気を失った。




