002
交わし合う言葉こそ共通だが、古臭いエルフの文字はさっぱり理解できない。
「ああ、そういえばそうだったな。ごほん」
クレスは真正面から俺に渡した本を覗き込む。
男なのに、百歳を超える人間からすれば老人なのに、エルフは男も女も良い匂いがする……。
可愛い女の子や美人さんとなら大歓迎だが、男エルフとなんでこんな至近距離で居なきゃいけないんだ……。
体を何で洗えばこんな女子受けする匂いが付けられるんだ……?
「えっとだな、サカマキは魔法で相手の年齢を若返らせることが出来る。完全にランダムだが、喰らった冒険者の大半は年齢の半分以下にされている。エルフや獣人は寿命が長い分問題ないが、人間からすればとんでもない強敵となる」
「とんでもない強敵? 年齢を半分にされたところであまり問題ない気がするんだが?」
「お前の元の年齢からすればな……。人間の種族、それも四十を超えた冒険者なんてお前くらいだろうし」
失笑と共に馬鹿にされたような気がする。
だが、クレスは何事もなかったように話を続けた。
「他の冒険者たちを考えてみろ。平均すれば二十代半ば、そいつらの年齢が半分以下になったらどうなると思う?」
「二十五歳としても……十二歳か十三歳になるのか」
「最悪の場合は赤子だ。ダンジョン内で赤子まで戻された人間が生き残れると思うか?」
「それは…………」
確かに、俺がもし今のままもう一度あいつに出会えば、確実に子どもの年齢以下まで下げられる。赤ん坊まで戻された日にはたまったもんじゃねぇ……。
「行方不明者の原因もこいつが多少は関与しているはず……だが、瞬間移動も使える上に足も速い。なかなか討伐するのが難しいモンスターだ」
クレスは真剣な眼差しで本を見つめたまま語る。
冒険者歴二十年以上の俺が知らないモンスター……。
今はこんななりだが、クレスや他の仲間たちと十階層まで到達したこの俺でも知らなかったレアモンスター……。
ちょっと悔しい……。
「おいクレス、そんな厄介なモンスターが居るのに、討伐クエストもこのモンスターの情報すらも見たことないぞ」
「それはそうだろう。サカマキはレアモンスターだ。ほとんど出会うことがない上に、そんな能力を知った冒険者たちの一部はどうなると思う?」
「ん? どうとは?」
神妙な面持ちで質問をしてくるクレスに気の抜けた俺の問い返し。
クレスはため息混じりに答え始めた。
「例えばだ、『人間もエルフも、種族関係なく若返らせることが出来るモンスターがいる』、そう言うととても魅力的に聞こえないか?」
「つまり、サカマキを捕まえてそいつの魔法で一儲けってか?」
「最悪の場合、町のどこかでそれが行われる。それだけはあってはならない。モンスターを町に入らせるわけにはいかない」
「…………」
言い終えたあと、二人ともが別々の方向へと目を背けた。
俺とクレスが「冒険者とギルド長」という関係になる前の話。俺とクレスがまだパーティを組んでいた頃に、暴走したモンスターが町に出てきたことがあった。
それも、八階層に居るはずのサラマンダー、七階層に居る大型のベアウルフが数匹……。加えて、それに追われていたゴブリンやらスライムやらと……。
あの時、モンスターたちによってエアリエルの町の一部が壊滅状態、冒険者たちも気を抜いていたせいで迅速な対応をすることが出来なかった。
サラマンダーに焼かれた者も、ベアウルフに食われた者も居た。
一般人も冒険者も、モンスターにとっては同一の存在。目の前に現れた人型の生物を襲うだけ。
冒険者も一般人も、数百名以上の被害が出た。十五年前の『モンスターの大行進』と呼ばれた出来事は嫌な思い出しかない。
「……」
部屋の空気がずしりとのしかかる。
こういう雰囲気はあまり好きじゃないんだよ……。
「ま、まぁ、俺が出会ったことがなかったくらいだ。そんなに簡単に捕まえられるわけじゃないだろう?」
クレスも俺と同じ気持ちだったのだろう。
俺の言葉を皮切りに、気分を入れ替えるためにひと呼吸。
クレスは「うむ」と無言で頷き、ソファにもたれかかった。
「それが唯一の救いというやつだな。こんな能力を持っていてスライムやゴブリンみたいに大量に生まれていたら、それこそ生命のバランス自体が脅かされてしまう」
クレスは言い終えたあとに「ただ……」と濁った言葉を漏らす。
「ただ、なんだ?」




