001
「どうぞ」
「ああ」
ギルド内、それもギルド長の個室ともなれば無駄に広い。
扉から入った正面には来客用の二人掛けのソファが向かい合うように置かれ、膝丈ほどの机が間に座している。
その奥には、事務作業用の机と椅子が見える。
扉を閉めて、クレスは深々とソファに座り込み、
「とりあえず、話をしようか」
と、俺を正面に座るように促してきた。
先程とは別人かと思うほど、クレスの声は低い。
エルフはこういう裏表がはっきりしている奴が多いからあまり好きになれない。
「はいはい……」
適当に返事をしながらも、俺はクレスの正面のソファへと座り込んだ。
「相変わらず代り映えのしない部屋だな。ソファの座り心地はいいけどな……」
ふかふか、モフモフ、高級な生地で作られたソファは、疲れていれば一瞬で夢の中に誘ってくれるだろう。
「本当に……本当に君はあのビオリスなのか……?」
腕を組んで訝しい目つきのクレスが問いかけてくる。
「ああ。とは言ってもまぁ、俺もお前と一緒で未だに自分の姿が信じられないがな」
「……一つだけ質問させてくれ。私がビオリスに頼んだ最後の依頼は何だった?」
「底辺パーティのリーダー、ジャックの手助けだ、ろ――――」
あ、そういえばそんな依頼であのパーティに潜入してたんだっけか……。
クレスにバレたら怒られるかもしれねぇ……。
俺とクレス、あとは少数しか知らない極秘のクエスト。上級冒険者のキングの息子、ジャックの護衛……。
まぁ、あいつら低層階にしか行かないし大丈夫だろ。
「まさか、本当に君がビオリスだなんて……」
開いた口がふさがらないクレス。
今度は自分自身の口を押さえて動かなくなってしまった。
ジャックのことは黙っておいて……――――――
「えっとだな……話せば長いんだが――――――――――」
新種のモンスターの特徴を話していると、クレスは目を見開いた。
「時間を巻き戻すモンスターだと?」
「ど、どうしたんだ?」
「お前、サカマキに出会ってしまったのか……」
「サカマキ?」
まるで新種ではなく知っているかのような口ぶりに俺は疑問符を浮かべる。
「ああ……。確か資料もある。ちょっと待ってくれ」
そう言いながらクレスは立ち上がり、事務机の後ろにある棚へと向かった。
三つ並んだうちの二つは本がぎっしりと詰められ、見ているだけでめまいがする。
「確かここに……お、あったあった」
「よくもまぁ、そんだけ本が並んでて分かるよなぁ」
俺なら絶対に無理だ。
「エルフは頭が良いんでね」
振り返ったクレスがふっと笑う。傾いた首の角度で、俺を見下しているということがよく伝わってくる。
「嫌味かよ……」
「まぁまぁ、そんなことよりもだ」
クレスが棚の間から引っ張り出し持ってきたのは、エルフの文字で書かれている本だった。
「それはなんだ?」
「ダンジョンへと向かった冒険者たちに聞いて作ったモンスターの図鑑だ。九割は私が書いたが……。確かここにそのモンスターのことも載っているはずだ」
「あいつは新種じゃないのか? 俺は一度も出会ったことなんてなかったぞ」
クレスは肯定するために少しだけ頭を前に倒し、
「珍しいモンスターであることに間違いはない。だが、それは人間だけの話だよ」
「どういうことだ?」
「サカマキというモンスターはだな……お、あったあった」
クレスは持ってきた本を俺に向けて机の上へと置いた。
描かれているモンスターの絵は、確かに俺が遭遇したモンスターと一致している。
でたらめなマスコットのような風貌は見間違うこともない。
だが、そんなことよりも――――――
「すまないが、俺はエルフの文字は読めないぞ」