003
「とにかく……。アイシャ、頼むからギルド長に話を通してくれないか……」
アイシャという名前にぴくりと耳が動く。
「へー、新人さんでも私の名前を知ってるなんて勉強熱心だねー。ご褒美にポーションでもいる? それとも撫でてあげよっかー?」
「どっちもいらねぇ……」
心の底から声が漏れ出た。
「そっかー、んじゃ、これで話は終了だねー、ばいばーい」
上っ面だけで適当にあしらってくるアイシャに、少しずつこめかみに力が入ってしまう。
「頼むから俺の話を信じてくれよ! 俺はビオリス、ギルド長とは古い付き合いなんだ!」
「もー、君ってばしつこいなー。若い人間がギルド長と古い付き合いなわけないでしょー。冗談ばっかり言ってるとパーティも組めないよ?」
俺が冒険者歴二十年以上のビオリスだって言っても聞く耳をもってくれねぇ……。
あのイヌ耳はただの飾りなのか……?
獣人特有の嗅覚の良さは通用しないのか……? 加齢臭のその向こうにあるはずの俺の匂いには気付かなかったのか?
「あぁあああ……俺がビオリスだって、どうしたら認めてくれるんだぁああああああああああああああああああああ!」
頭を抱えながら天へと叫ぶ。
「うるさっ……」
アイシャが片目を閉じながら耳を押さえる。
ギルド内に響き渡る声。
ジロリ。ギロリ。ギラッ。クイッ。
俺には痛いほどの視線が向けられていた。
「新人の冒険者には、ちゃんと初級クエストがありますからー……、そちらからどーぞー」
俺の叫びにぺたりと耳を押さえていたアイシャが、そのまま適当に促してくる。
面倒くさい冒険者が来た時の対処法と同じだ。
「新人じゃないって言ってるだろ……何度言えば分かるんだよ……」
話が通じねぇ……。いやまぁ、こうなることは分かっていたつもりだが、まさかここまで門前払いとは思ってもみなかったぞ……。
「はいはい、他の冒険者の人たちも待ってるから、後で遊んであげるねー」
そうやって俺をあしらうアイシャ。
「くそっ……、ぺたんこな胸晒す前にさっさとギルド長連れてこいって……言って……」
「はいぃい?」
アイシャのにっこり笑顔の横にははっきりと血管が浮き出ている。
「――――あいつ、言いやがった……」
ピリついた空気とざわつく冒険者たち。
やばい……思わず本音が漏れて……。
周囲の空気が、というよりは目の前のアイシャの雰囲気がどんどん重たくなっていく……。確実に殺気を醸し出している……。
「はぁ……口調も態度も確かにあのおじさんに似てるけどさー……」
彼女の笑みは可愛いのだが、その表情に隠れている怒りが俺には分かる。いや、俺でなくても分かる。
「ま、待て! 俺が悪かった!」
「この新人の冒険者さんにはお仕置きが必要かなー」
「人の話を聞け!」
パキパキとアイシャの握り拳が音を立てる。
「た、頼むからゆっくりとカウンターから出てこないでくれ……」
「んー? なんて言ったか分かんないなー。もっと近づかないとだねー、あははー」
ニコッと笑うアイシャに、俺は顔がひきつっていた。
いつもならば俺が見下ろす関係だったのに、今は同じ目線で目の前に立っている……。
身長が一緒だとこんなにも威圧感があるとは……。でも、ちょっとだけ良い香りがする。
「さーてとっ」
「あ、あれだけはやめてくれ……頼む……」
逃げようと後ろにさがるが――――――――
「いやいやー、逃がさないよー?」
両肩を鷲掴みにされ身動きがとれない……。
「君は一回、痛い目に会わないとだねー」
いや、もう何回もやられているんだが……。