003
「久しぶりに魔法でもやってみるかねぇ」
左手の拳に力を入れて見つめるビオリス。
その目はあまり自信がなさそうに見える。
冒険者……いや、全ての人々には生まれながらに属性というものが体内に秘められている。
それは冒険者たちから「魔法」と呼ばれるもの。だが、ビオリスは誰にもその魔法を見せたことがなかった。
いや、見せる勇気がなかったと言えばいいのだろうか――――――――
「お、ようやく一匹見つけたぜ」
大剣を肩に預け、砂漠の地面を踏みしめる。さらと乾いた砂がビオリスの足を僅かにずらす。
「……」
己と同じ大きさほどある大剣を片手で持ち、空いた左手をじっと見つめるビオリス。
目の前には赤い目をした四足歩行のモンスター――――サラマンダーが、開いた口から火を垂れ流している。
サラマンダーの口元から垂れ落ちる液体は砂を焦がし、辺りは熱気に包まれていく。
体長は人間の子どもほど。その高さはビオリスの腰丈まで届くかといったところ。
『グジュジュゥ……』
じっとビオリスのことを見つめるサラマンダー。自然発火するサラマンダーの体には近づくことが困難であり、触れれば火傷では済まされない。
サラマンダーに焼かれた冒険者は多い。
そんな接近戦をする冒険者の天敵サラマンダーには、魔法が有効なのだが――――――
「誰も居ないから練習するか……って、こんな年になってもダンジョンに来て魔法の練習なんて何やってんだか……」
ビオリスは苦笑していた。
二十年以上、冒険者を続けている人間は少ない。いや、居ない。
ギルドや武器屋、宿屋に酒場と、引退後の生活を満喫している者も居れば、死に急いだ者たちも何十、何百人と、ビオリスは見てきた。行方不明になった者も数知れず。
ビオリスと共にダンジョンへ挑んだ仲間など、生存しているのは片手で数えられるほどしかいない――――――
「んじゃ、えっと確か……」
魔法の呪文は一人ひとり異なる。詠唱する呪文の言葉を変えることで魔法の効力もまた変化する。
「敵を――――」
『シャァアアア!』
呪文を唱えようとしたビオリスを察知したのか。サラマンダーは火を右に左にと噴きながらまっすぐ突進。
撒き散らされる燃え滾った液体は砂を黒焦げにしていく。
『フシャァアアアア!』
「――――飲み込め、アクアージ」
サラマンダーへと構えたビオリスの左手。
そこから突如として現れた水の塊。宙に浮いたそれは突進してくるサラマンダーへと放たれた。
『ギャゥ! グギャア……ゴボッ……ゴボボッ……!』
文字通り……いや、呪文通りに、サラマンダーはビオリスの放った水の魔法に包まれた。
サラマンダーの熱によって蒸発していく水。しかし、急激な体温の低下に、サラマンダーはじたばたと動かしていた手足を止めていく。
空気を吸えない環境、水による消火。サラマンダーの体は赤から茶色、黒色へと変色し、最後に赤い目から生気が消え去った。




